執筆:田中 美穂(株式会社サステナブル・ファッション・ラボ 代表取締役 / 早稲田大学商学学術院 客員研究員)
近年、ファッション業界ではサステナビリティへの移行が加速し、消費者の価値観も大きく変化しています。リユース市場の拡大はその象徴的な動きと言えるでしょう。最新の市場調査によると、世界の古着市場は2029年には3,670億ドル規模に達すると予測されており、衣服を単なる消費物ではなく長期的な資産として捉える視点が重要性を増しています。
本稿では、サステナブルファッション研究者の視点から、10年後もその価値を失わない「未来のヴィンテージ」の本質をデータと共に解き明かし、皆様が賢い選択をするための具体的な見極め方を提案します。
【この記事の結論】10年後も価値が落ちない服の見極め方
この記事では、サステナブルな視点から「未来のヴィンテージ」となる衣服の選び方を解説します。重要なのは以下の3つのポイントです。
- 新たな価値基準: 未来のヴィンテージは、従来の希少性に加え「持続可能性」と「循環性」が重要な価値基準になります。
- 7つの科学的条件: 「素材の耐久性」「デザインの普遍性」「ブランド哲学」「縫製の品質」「希少性」「機能性」「象徴的なディテール」の7つの条件を満たす服は、資産価値を維持しやすくなります。
- 5つの実践ステップ: 購入前に「サステナビリティレポートの確認」「タグの読解」「物理的な品質チェック」「リセール価格の調査」「自身のライフスタイルとの適合性」の5つのステップで確認することが重要です。
目次
未来のヴィンテージとは?資産価値とサステナビリティの融合
従来のヴィンテージと「未来のヴィンテージ」の決定的違い
これまで「ヴィンテージ」と呼ばれる衣服は、特定の年代に作られた希少性や、時代を象徴する歴史的価値に重きが置かれてきました。しかし、私が提唱する「未来のヴィンテージ」は、これらの要素に加え、「持続可能性」と「循環性」という新たな価値尺度が加わる点が決定的に異なります。
これは、私が専門とするサーキュラーエコノミー(循環型経済)の観点に基づいています。つまり、製造から廃棄までという直線的なライフサイクル(リニアエコノミー)ではなく、使用後のリペア、リユース、そして最終的なリサイクルまでを視野に入れた、循環する価値を持つ衣服こそが、これからの時代に真の価値を持つと考えられるのです。
データで見るリユース市場の成長と消費者の意識変化
「未来のヴィンテージ」という概念は、単なる理想論ではありません。市場の構造的変化が、その重要性を裏付けています。
米国のリユースプラットフォームthredUP社のレポートによると、世界の中古アパレル市場は驚異的なスピードで成長しており、ファッション市場全体の成長率を大きく上回っています。
表1: 世界の中古アパレル市場規模の推移と予測
| 年 | 市場規模(10億ドル) | 備考 |
|---|---|---|
| 2023 | 197 | 実績値 |
| 2028 | 350 | 予測値 |
| 2029 | 367 | 予測値 |
出典: thredUP “Resale Report” 各年版を基に作成
この背景には、消費者の意識の変化が明確に見て取れます。特に若年層において、リセールバリュー(再販価値)を考慮して新品を購入する傾向が強まっています。ある調査では、若い世代の64%が「新品のアパレルを購入する際、リセールバリューが重要な要素になる」と回答しており、衣服を短期的な消費財ではなく、長期的な資産として捉える価値観が浸透しつつあることが示唆されています。
なぜ今、「未来のヴィンテージ」に投資する意義があるのか
「未来のヴィンテージ」を選ぶことは、現代において多面的な意義を持ちます。
- 資産防衛: 世界的な物価上昇が進む中、質の高い衣服はインフレヘッジの一環として、その価値を維持、あるいは向上させる可能性があります。
- 環境貢献: 一着の衣服を長く愛用し、そのライフサイクルを最大限に引き延ばすことは、新たな製品の生産に伴うCO2排出や水消費を抑制し、環境負荷の低減に直接的に貢献します。
- 自己表現の深化: 企業の哲学や生産背景を理解し、長期的な視点で選ばれた一着は、単なるファッションアイテムを超え、自身の価値観を表現する媒体となり得ます。
これは、金融の世界におけるESG投資(環境・社会・ガバナンスを重視する投資)の考え方と通底するものであり、ファッションにおける賢明な選択が、経済的合理性と倫理的価値観の両方を満たす時代になったと考えられます。
【LCA分析】10年後も価値が落ちない服の7つの科学的条件
では、具体的にどのような服が「未来のヴィンテージ」となり得るのでしょうか。ここでは私の専門であるライフサイクルアセスメント(LCA)の視点を交え、その科学的条件を7つに整理します。
1. 素材の耐久性と環境負荷(ライフサイクルアセスメント視点)
LCAとは、製品の原料調達から製造、使用、廃棄に至る全段階での環境負荷を定量的に評価する手法です。この観点から見ると、未来のヴィンテージは「製造時の環境負荷が比較的低く、かつ物理的に長持ちする素材」であることが絶対条件となります。
- オーガニックコットン: 一般的なコットン栽培と比較して、水の使用量を大幅に削減し、化学肥料や農薬を使用しないため土壌汚染のリスクが低いことがデータで示されています。
- 高品質なウール: 耐久性が高く、シワになりにくいため手入れが容易です。また、天然の生分解性を持ち、最終的に土に還るという循環性の高さも評価されます。
- リサイクル素材: ペットボトル由来のリサイクルポリエステルなどは、バージンポリエステルに比べて製造時の温室効果ガス排出量を削減できることが報告されています。
2. デザインの普遍性と時代を超越する美学
トレンドに左右されないクラシックなデザインは、長期にわたって着用される可能性が高く、結果として価値が維持されやすい傾向にあります。トレンチコート、良質なデニム、シンプルなクルーネックセーターなどがその典型です。消費者行動分析の観点からも、人々は全く新しいものよりも「適度に馴染みのある」デザインに安心感と魅力を感じるという研究があり、普遍的なデザインの強さを裏付けています。
3. ブランドの歴史と哲学(ストーリー性)
長年にわたり一貫した品質と哲学を追求してきたブランドの製品は、その背景にあるストーリーが付加価値となります。例えば、アウトドアブランドのパタゴニアのように、環境保護への強いコミットメントを掲げる企業の製品は、単なる機能性を超えた価値を持つと消費者に認識されています。
4. 縫製の品質とリペアの容易性
細かく均一な縫い目のピッチ、頑丈なステッチ、丁寧なパイピング処理など、高品質な縫製は衣服の寿命を大きく左右します。さらに重要なのは「リペアブル(修理可能)」な構造であることです。ボタンが取れた際に付け替えやすいか、生地が擦り切れた際に補修が可能か。サーキュラーエコノミーの思想では、修理しながら使い続けることが前提となります。
5. 希少性と生産背景の透明性
職人の手仕事によるものや、生産数が限定されているアイテムは、将来的に希少価値が高まる可能性があります。それに加え、現代ではサプライチェーンの透明性がブランド価値を大きく左右します。どのような環境で、誰によって作られたのかが明確であることは、製品への信頼と愛着を深め、長期的な価値の基盤となります。
6. 機能性と実用性
撥水性、防風性、収納力といった実用的な機能は、衣服が長く愛用されるための重要な要素です。特にGORE-TEXのような高機能素材を使用したアウトドアウェアやミリタリーウェアは、その機能性が時代を超えて評価され、ヴィンテージ市場でも安定した人気を誇ります。
7. アイコニックなディテールとブランドの象徴
一目でそのブランドと認識できる象徴的なデザインは、強力な資産となります。バーバリーのチェック柄、メゾン・マルジェラの4本ステッチ、リーバイスのアーキュエイトステッチなどが好例です。これらのディテールはブランドのアイデンティティそのものであり、流行り廃りを超えて価値が継承されやすいと考えられます。
コンサルタントが実践する「未来のヴィンテージ」の見極め方【5つのステップ】
上記の科学的条件を踏まえ、私がコンサルティングの現場でも実践している具体的な見極め方を5つのステップでご紹介します。
ステップ1:ブランドのサステナビリティレポートを確認する
購入を検討しているブランドの公式サイトを訪れ、サステナビリティやCSRに関するレポートを閲覧することから始めます。素材の調達方針、サプライヤーの労働環境への配慮、製品回収プログラムの有無などを確認し、その企業が循環型ファッションに対して真摯に取り組んでいるかを評価します。
ステップ2:タグを読み解く(素材・製造国・年代)
衣服の内側にある品質表示タグは、情報の宝庫です。
- 素材混率: 天然繊維の比率、リサイクル素材の使用などを確認します。LCAの観点から、その素材が環境に与える影響と耐久性を推測します。
- 製造国: 生産背景を推測する手がかりとなります。一般的に、日本や欧米など先進国で製造されたものは、品質管理基準が高い傾向にあります。
- 年代: タグのデザインや代理店表記から、おおよその製造年代を特定できる場合があります。これは従来のヴィンテージ価値を判断する上でも重要です。
ステップ3:物理的な品質チェック(縫製・生地・パーツ)
前職の商社時代に培った経験から、私は物理的な品質を細かくチェックします。
- 縫製: 脇下や股下など、負荷がかかる部分の縫い目が二重になっているか。
- 生地: 生地に手で触れ、打ち込みの密度やハリを確認します。光に透かして、織りが均一かを見るのも有効です。
- パーツ: ジッパーはYKKやririなど信頼性の高いメーカー製か。ボタンは根本がしっかりと巻かれているか。細部こそ品質の現れです。
ステップ4:リセール市場での価格動向を調査する
Vestiaire CollectiveやThe RealRealといった海外の主要リセールプラットフォームで、検討中のブランドや類似アイテムがどのくらいの価格で取引されているかを調査します。 これにより、そのアイテムの客観的な市場価値、すなわち「リセールバリュー」をデータドリブンで把握できます。
ステップ5:自身のライフスタイルとの適合性を問う
最後に、最も重要なステップです。その一着が、ご自身のライフスタイルや既に所有しているワードローブと本当に調和するかを自問します。消費者行動の観点から言えば、どんなに客観的価値が高い服でも、着用されなければその価値は半減します。長く愛せるか、という主観的な視点こそが、サステナブルな選択の最終的な決め手となるのです。
【国際比較】欧米に学ぶアーカイブ市場と日本の可能性
欧米で確立された「ファッションアーカイブ」という文化
欧米、特にヨーロッパでは、デザイナーの過去の作品を「アーカイブ」として収集・保存し、資産として取引する文化が成熟しています。ラフ・シモンズやヘルムート・ラングの90年代の作品などが、美術館の収蔵品のように高値で取引される事例は珍しくありません。 これは、ファッションが単なる衣服ではなく、時代を映す文化資産として認識されている証左と言えるでしょう。
日本ブランドの再評価と海外からの需要
近年、COMME des GARÇONSやYohji Yamamotoといった巨匠だけでなく、90年代の裏原宿ブランドなどが、海外のコレクターたちの間で再評価されています。 日本製品ならではの丁寧な作り込み、独特の美意識、そして高品質な素材が、国境を越えて「未来のヴィンテージ」としての価値を認められ始めているのです。
品質管理と真贋判定:日本市場が貢献できる領域
グローバルなリユース市場が拡大する一方で、品質のばらつきや偽造品の問題は常に付きまといます。この点において、日本の強みである厳格な品質管理体制や、長年培われた真贋判定のノウハウは、国際市場において大きな信頼性を獲得できるポテンシャルを秘めています。ジャパンクオリティを担保し、アジア市場での調達から販売まで一貫した品質管理を実現している企業の取り組みは、業界全体の信頼性向上に大きく寄与すると考えられます。このような日本ならではの信頼性が、今後のグローバルなアーカイブ市場において重要な役割を果たすことが期待されます。
よくある質問(FAQ)
Q: ファストファッションの服は未来のヴィンテージになり得ますか?
A: 一般的には難しいと考えられます。未来のヴィンテージの条件である素材の耐久性、高品質な縫製、ブランドの哲学といった要素を欠く場合が多いためです。しかし、特定のデザイナーとのコラボレーション品など、例外的に希少価値を持つ可能性はゼロではありません。
Q: 購入後の保管方法で気をつけるべき点は何ですか?
A: 価値を維持するためには適切な保管が不可欠です。具体的には、1. 直射日光を避け、2. 湿度の低い場所で保管し、3. 防虫対策を徹底し、4. 型崩れしないように適切なハンガーを使用する、という4点が重要です。
Q: セール品でも未来のヴィンテージになる可能性はありますか?
A: 可能性は十分にあります。重要なのは定価ではなく、そのアイテムが持つ本質的な価値です。セールで手に入れたとしても、前述した「7つの科学的条件」を満たすものであれば、将来的に価値が上がることも考えられます。
Q: メンズとレディースで価値の落ちにくさに違いはありますか?
A: アイテムによりますが、一般的にメンズの定番品(ミリタリーウェア、デニム、革靴など)は流行の影響を受けにくく、安定した価値を保ちやすい傾向が見られます。一方で、レディースのアイコニックなバッグなどは、特定のモデルが急騰することもあります。
Q: 価値を見極めるために、最も重要なポイントは何ですか?
A: 最も重要なのは「素材の品質」と「デザインの普遍性」です。この2つが両立していれば、多少のトレンドの変化にも耐え、長く愛され続ける可能性が高いと言えます。まずはこの2点からチェックすることをお勧めします。
まとめ
本稿では、サステナブルファッション研究者の視点から、10年後も価値が落ちない「未来のヴィンテージ」の見極め方をデータと科学的根拠に基づいて解説しました。重要なのは、従来の希少性に加え、素材の耐久性やデザインの普遍性、そしてブランドの持続可能性への姿勢です。衣服を賢く選び、長く愛用し、次世代に受け継いでいくことは、環境への貢献であると同時に、私たちの生活を豊かにする知的で創造的な活動です。この記事が、皆様にとって新たなファッションの扉を開く一助となれば幸いです。


