業界インサイト

古着業界のDX推進:AI・IoT活用による効率化事例

執筆者:田中 美穂(株式会社サステナブル・ファッション・ラボ 代表取締役 / 早稲田大学商学学術院 客員研究員)

近年、ファッション業界が直面する大量生産・大量廃棄という構造的課題に対し、古着をはじめとするリユース市場の役割は年々重要性を増しています。

米国のリユース大手thredUP社が発表した「2025 Resale Report」によると、世界の中古アパレル市場は2029年までに3,670億ドル規模に達すると予測されており、これはアパレル市場全体の成長率の2.7倍の速さです。この事実は、リユースが一時的なトレンドではなく、市場の構造的変化であることを示唆しています。

しかし、一点物の商品を扱うがゆえの在庫管理の煩雑さや、査定業務の属人化など、古着業界特有の課題も少なくありません。本稿では、サステナブルファッション研究者の視点から、AIやIoTといったデジタル技術がこれらの課題をいかに解決し、古着業界をより効率的で持続可能な「サーキュラーファッション」へと導くのか、国内外の最新事例を交えながら、データに基づいて深く考察します。

なぜ今、古着業界でDXが不可欠なのか?

データで見る市場拡大とサプライチェーンの複雑化

前述の通り、リユース市場は急速な拡大を続けています。thredUP社のレポートによれば、米国の中古アパレル市場だけでも2029年には740億ドル規模に達すると見込まれています。

この市場拡大は、買取、査定、データ入力(ささげ業務)、在庫管理、販売といったサプライチェーンの複雑化を招きます。特に、デザイン、状態、サイズが全て異なる一点物を大量に扱う古着ビジネスでは、その管理コストと業務負荷が事業成長の足かせとなり得ます。私が以前、商社でリユース事業開発に携わっていた際も、店舗とECサイト間での在庫情報の不一致や、膨大な商品の棚卸し作業が大きな課題となっていました。

これらの課題を解決し、拡大する需要に対応するためには、デジタル技術を活用した業務プロセスの変革、すなわちDX(デジタルトランスフォーメーション)が不可欠であると考えられます。

消費者行動の変化とサステナビリティへの要請

市場拡大の背景には、Z世代を中心とした消費者行動の変化があります。サステナビリティへの関心が高まり、消費者は単に安い商品を求めるだけでなく、商品の背景にあるストーリーや、その製品がどのように作られ、誰の手を経て自分のもとに届いたのかという透明性(トレーサビリティ)を重視する傾向が強まっています。DXは、こうした消費者の新たな価値観に応え、信頼を醸成するための重要な手段となり得るのです。

AIが変革する古着ビジネスの最前線

属人化からの脱却:AIによる自動査定と真贋判定

古着ビジネスの根幹である査定業務は、従来、スタッフの経験と知識に大きく依存していました。この「属人化」は、査定品質のばらつきや教育コストの増大といった課題を生み出します。この課題に対し、AIの画像認識技術が解決策を提示しています。

  • AI自動査定: スマートフォンで撮影した画像から、AIがブランド、デザイン、状態を分析し、買取価格を自動で算出するシステムが開発されています。 これにより、査定業務の標準化と効率化が図れます。
  • 真贋判定: 高価格帯のリユース品において最も重要なのが「信頼性」です。AIは、ブランドロゴのタイポグラフィ、縫製のパターン、金具の形状といった微細な特徴を学習し、真贋判定の精度向上に貢献しています。さらに、ブロックチェーン技術と組み合わせることで、改ざん不可能なデジタル証明書を発行し、商品の信頼性を担保する取り組みも始まっています。

在庫最適化の鍵:AIによる需要・トレンド予測

AIは、SNSの投稿データ、ECサイトの販売実績、検索トレンドといった膨大な情報を分析し、次に流行するアイテムや色、スタイルを予測します。 これにより、企業は以下のようなメリットを得ることができます。

  • 仕入れ精度の向上: 需要予測に基づき、売れる可能性の高い商品を重点的に仕入れることで、販売機会の損失を防ぎます。
  • 不良在庫の削減: 売れ残るリスクの高い商品の仕入れを抑制し、在庫の回転率を高めます。

過剰在庫の削減は、保管コストの圧縮といった経営効率化に直結するだけでなく、売れ残り商品の廃棄を減らすことにも繋がります。これは、製品のライフサイクル全体での環境負荷を評価するライフサイクルアセスメント(LCA)の観点からも、サステナビリティに大きく貢献する重要な取り組みであると言えます。

AI自動査定システムのワークフロー

IoTで実現するスマートな在庫管理とトレーサビリティ

一点物管理の効率化:RFIDと重量センサーの活用

一点物である古着の在庫管理は、バーコードを用いた手作業では膨大な時間と労力を要します。そこで注目されているのが、RFID(Radio Frequency Identification)タグの活用です。

技術活用方法メリット
RFIDタグ個々の商品にICタグを取り付け、電波を用いて一括で情報を読み取る。・箱を開けずに検品が可能
・棚卸し時間を大幅に短縮
・リアルタイムでの正確な在庫把握
IoT重量計商品が置かれた棚やコンテナの重量をセンサーで常時監視する。・商品の増減を自動で検知し、在庫データに反映
・店舗や倉庫の省人化に貢献

これらのIoT技術は、入出庫検品や棚卸しといったバックヤード業務を自動化・効率化し、スタッフが接客など付加価値の高い業務に集中できる環境を創出します。

信頼の可視化:IoTが拓くトレーサビリティの未来

消費者のサステナビリティへの関心が高まる中、商品の「来歴」を追跡可能にするトレーサビリティの重要性が増しています。IoTデバイスとブロックチェーン技術を組み合わせることで、以下のような情報を記録・追跡し、消費者に開示することが可能になります。

  • 収集: いつ、どこで、誰から買い取られた商品か
  • 加工: クリーニングやリペアの履歴
  • 販売: 店舗やECサイトでの販売履歴

このような情報の透明化は、企業の信頼性を高め、消費者に安心感を与えます。さらに、環境(Environment)、社会(Social)、ガバナンス(Governance)を重視するESG経営の観点からも、企業のブランド価値向上に大きく寄与すると考えられます。

【国際比較】欧米に学ぶRe-commerce Techの先進事例

企業名特徴DX活用のポイント
ThredUp米国世界最大級のオンライン古着マーケット・AIが数百万点のアイテムを自動で仕分け、価格設定、データ入力を行う
・AIによる画像検索や自然言語検索で、膨大な商品の中から好みのアイテムを容易に発見できる
・テクノロジーを駆使した大規模な物流拠点でサプライチェーンを効率化
Vestiaire Collective欧州ラグジュアリーブランドに特化したリユースEC・専門家チームによる物理的な真贋鑑定プロセスを構築
・鑑定と品質管理のプロセスを詳細に開示し、高い信頼性を確保
・テクノロジーを活用し、世界中のユーザーが売買できるコミュニティを形成

米国のThredUpは、AIと自動化技術への大規模投資によってサプライチェーン全体を最適化し、スケールメリットを追求しています。 一方、欧州のVestiaire Collectiveは、テクノロジーを活用しつつも、専門家による鑑定という「人の手」を介在させることで、高価格帯商品に不可欠な信頼性と品質を担保しています。これらの事例は、DXが単なるコスト削減ツールではなく、事業の提供価値を高めるための戦略的投資であることを示唆しています。

考察:DXが拓くサーキュラーファッションの未来

データ駆動型ビジネスモデルへの転換

DXによって収集・蓄積された購買データや顧客データは、リユース事業に新たな可能性をもたらします。例えば、顧客が過去に購入した商品のデータから修理やメンテナンスのタイミングを予測し、リペアサービスを提案したり、着なくなった服をアップサイクルして新たな製品に生まれ変わらせるサービスを展開したりすることが考えられます。このように、DXは単なる販売業務の効率化に留まらず、製品寿命を延長させる多様なサービスを生み出し、循環型ビジネスモデルの基盤となるポテンシャルを秘めています。

環境負荷(LCA)の可視化と企業価値向上

トレーサビリティ技術の進化は、リユース品を利用することが、新品と比較してどれだけのCO2排出量や水使用量を削減できたのかを、ライフサイクルアセスメント(LCA)に基づいて定量的に示すことを可能にします。 このような「環境価値」を可視化し、消費者に分かりやすく伝えることは、サステナブルな消費を促すだけでなく、ESG投資を重視する投資家に対する強力なアピールとなり、企業の資金調達や持続的な成長に繋がっていくでしょう。

よくある質問(FAQ)

Q: 古着業界のDX導入における最大の課題は何ですか?

A: 一点物の商品データ(画像、サイズ、状態など)を効率的に、かつ標準化されたフォーマットでデジタル化する「ささげ業務」のコストと手間が最大の課題です。AIによる画像認識や自動採寸技術の導入が、この課題解決の鍵となると考えられます。

Q: 中小規模の古着店でもDXは導入可能ですか?

A: はい、可能です。近年は、在庫管理やEC連携機能を備えたクラウド型のPOSシステムなど、比較的小規模な投資で始められるSaaS(Software as a Service)が増えています。まずは店舗とECの在庫一元管理から始めるのが現実的なステップと言えるでしょう。

Q: AIによる自動査定の精度は信頼できますか?

A: 技術は向上していますが、ヴィンテージ品や希少品など、専門知識を要する商品の査定はまだ人間の目利きが必要です。多くの企業では、AI査定を一次スクリーニングとして活用し、最終判断を専門スタッフが行うハイブリッドな運用が主流となっています。

Q: DXは本当にサステナビリティに貢献するのでしょうか?

A: はい、貢献すると考えられます。AIによる需要予測は売れ残りの廃棄を減らし、IoTによるトレーサビリティは製品の循環を促進します。DXは単なる効率化ツールではなく、資源を最大限活用するサーキュラーエコノミーを実現するための基盤技術であると位置づけられます。

Q: DX導入にかかる費用はどのくらいですか?

A: 導入するシステムの規模や種類によって大きく異なります。月額数万円から利用できるクラウドサービスから、数千万円規模の基幹システム開発まで様々です。まずは解決したい課題を明確にし、スモールスタートで費用対効果を検証していくことをお勧めします。

まとめ

本稿で見てきたように、AI・IoTを活用したDXは、古着業界が抱える特有の課題を解決し、業務効率を飛躍的に向上させるポテンシャルを秘めています。しかし、その本質は単なる効率化に留まりません。

DXは、商品のライフサイクルを追跡し、需要を正確に予測し、資源の価値を最大化することで、ファッション業界を持続可能な「サーキュラーエコノミー」へと転換させるための強力なエンジンです。データと事実に基づき、戦略的にDXを推進することこそが、これからのリユース企業にとっての競争優位性の源泉となり、真にサステナブルなファッションの未来を創造する鍵となるでしょう。