調査レポート

日本古着輸出実態調査2025:輸出先国別詳細分析

執筆者:田中 美穂(株式会社サステナブル・ファッション・ラボ 代表取締役 / 早稲田大学商学学術院 客員研究員)

近年、ファッション業界がサーキュラーエコモニーへの移行を迫られる中、日本の古着輸出は年間1億ドルを超える重要な市場へと成長しています。しかし、その実態は単なるリユースビジネスに留まらず、国際的な資源循環と環境問題が複雑に絡み合う領域です。

本稿では、サステナブルファッション研究者の視点から、最新の貿易統計データを基に日本の古着輸出の現状を国別に詳細分析します。さらに、ライフサイクルアセスメント(LCA)の観点から輸出がもたらす環境・社会的な影響を考察し、真に持続可能な循環型ファッション経済を実現するための提言を行います。

日本の古着輸出の全体像:2025年最新データ分析

輸出規模の推移と市場の成長性

財務省貿易統計によると、日本の古着(HSコード6309.00)輸出は、過去5年間で着実な成長を遂げています。特に2023年には輸出額が過去最高水準に達し、市場の拡大が続いています。

輸出額(百万ドル)輸出量(千トン)
202098.5215.3
2021110.2230.1
2022121.8245.6
2023126.1251.7
2024(予測)135.0260.0
(注:2024年はトレンドからの予測値)

この市場成長の背景には、国内リユース市場の成熟と、消費者のサステナビリティ意識の高まりが挙げられます。フリマアプリの普及などにより一度着用された衣類が良好な状態で市場に流通しやすくなったこと、そして企業のESG経営への関心の高まりが、質の高い古着の安定的な供給を支えていると考えられます。

品目別に見る輸出トレンド

輸出される古着の中でも、日本の製品が持つ「品質の高さ」は国際的に高く評価されています。 特に、丁寧な縫製がなされたコットン製品や、ユニークなデザインの合成繊維製品(例:日本のストリートブランド古着)は、アジア市場で高い人気を誇ります。これらの製品は、単に安価な衣類としてではなく、ファッションアイテムとしての価値が認められている点が特徴です。

主要輸出先国の構成比と変化

2024年のデータに基づくと、日本の古着輸出は依然としてアジア諸国が中心です。 特にマレーシアが全体の半数以上を占める圧倒的な一位であり、その地位は揺るぎません。

  1. マレーシア: 58.2%
  2. 韓国: 9.4%
  3. タイ: 7.5%
  4. カンボジア: 6.1%
  5. フィリピン: 5.3%
  6. その他: 13.5%

近年、タイやカンボジア向けの輸出が堅調に推移しており、これらの国々におけるリユースファッション市場の成長が示唆されています。一方で、かつて主要な輸出先であった一部の国では、国内産業保護の観点から輸入規制を強化する動きも見られ、国際情勢の変化が貿易構造に与える影響を注視する必要があります。

【アジア編】主要輸出先国別 詳細分析

マレーシア:世界最大のハブ拠点の実態

日本の古着輸出の約半分がマレーシア向けである理由は、同国が世界的な古着の「選別ハブ」として機能しているためです。 日本から輸出される古着の多くは、国内で大まかに仕分けされた後、未選別の「ベール」と呼ばれる圧縮梱包状態でマレーシアに送られます。

現地のマレーシアでは、日系企業を含む多くの専門業者が大規模な選別工場を構えています。 そこでは、豊富な労働力を活用し、衣類を150〜200種類以上にも及ぶ細かいカテゴリー(アイテム、素材、品質、ブランドなど)に手作業で分類します。 この高度な選別プロセスを経て、各国の市場ニーズに最適化された商品が、東南アジア諸国、中東、アフリカなどへ再輸出されていくのです。 このマテリアルフローは、コスト効率と市場適合性を両立させるための、極めて合理的な国際分業体制と言えるでしょう。

タイ:急成長するリユースファッション市場

タイ、特にバンコクは、東南アジアにおけるリユースファッションの一大拠点となっています。 チャトゥチャック市場などに代表される巨大なマーケットでは、世界中から集まった古着が取引されており、その中でも「Used in Japan」のタグが付いた日本の古着は、品質の良さとデザイン性から若者を中心に絶大な人気を博しています。

近年では、「セカンドストリート」をはじめとする日本の大手リユース企業が相次いで進出し、現地での店舗展開を加速させています。 これは、タイの消費者が持つ高いファッション感度と、リユース品への抵抗の少なさを示しており、市場の将来性が高く評価されていることの証左です。かつて三菱商事でアジア市場の調査に携わった経験からも、タイにおける中間層の拡大と可処分所得の増加は、付加価値の高い日本の古着にとって大きなビジネスチャンスであると考えられます。

カンボジア・フィリピン:ローカル市場への浸透

カンボジアやフィリピンでは、日本の古着はより生活に密着した形で消費されています。輸出単価のデータを見ると、これらの国々へは比較的安価な価格帯の古着が多く輸出される傾向にあります。 これは、現地で一般消費者が日常的に着用する衣類としての需要が高いことを示唆しています。ローカルマーケットでは、日本の古着が手頃な価格で質の良い衣類として受け入れられ、多くの人々の生活を支える重要な役割を担っています。

【その他地域編】注目すべき輸出先の動向

パキスタン:アジア第2の集積地

パキスタンは、マレーシアと並ぶアジアの主要な古着集積地の一つです。日本からも相当量の古着が輸出されており、現地では再販されるだけでなく、工業用ウエス(機械の油などを拭き取る布)への加工や、繊維をほぐして再生する「反毛」の原料としても利用されています。 これは、衣類を最後まで資源として活用するサーキュラーエコノミーの観点から重要な役割を果たしていると言えます。

アフリカ諸国(ケニアなど):機会と課題

アフリカ市場は、日本を含む先進国からの古着の主要な受け皿となっています。 ザンビアやケニアなど多くの国で、古着は安価な衣料品として人々の生活に不可欠なものとなっており、雇用創出にも貢献しています。

しかし、その一方で、先進国からの大量の古着流入が、現地の伝統的な繊維産業の競争力を削ぎ、その発展を阻害しているという批判も根強く存在します。 実際に、ガーナでは繊維・衣料品関連の雇用が大幅に減少したという報告もあります。 また、品質の低い衣類が「隠れごみ」として輸出され、最終的に現地で廃棄物となり環境問題を引き起こすケースも指摘されています。 この問題に対しては、単なるビジネスの視点だけでなく、国際的な研究者として、経済的・社会的・環境的な影響を多角的に分析し、公平な視点から解決策を模索する必要があります。

サステナビリティの観点から見た古着輸出の課題

課題1:輸送に伴う環境負荷(LCA的視点)

古着のリユースは、新規衣料の生産を抑制する点で環境に貢献する側面があります。しかし、その国際的なサプライチェーンがもたらす環境負荷を無視することはできません。特に、日本からマレーシアへ輸送し、そこで再選別・再輸出するという多段階の物流プロセスは、ライフサイクルアセスメント(LCA)の観点から見ると、相当量のCO2を排出していると考えられます。 真のサステナビリティを評価するためには、廃棄を回避することによる環境貢献と、国際輸送による環境負荷を定量的に比較衡量する視点が不可欠です。

課題2:品質低下と「隠れごみ」問題

ファストファッションの普及は、衣料品のライフサイクルを短縮させ、リユースに適さない低品質な衣類の増加を招いています。これらの衣類が輸出用の古着に混入し、選別拠点であるマレーシアや最終消費地であるアフリカ諸国などで再販不能と判断され、結果的に廃棄物となってしまう問題が深刻化しています。 これは、事実上の「ごみの輸出」であり、「隠れごみ」問題として国際的に批判されています。輸出先の国々に環境負荷を転嫁するこの構造は、持続可能なモデルとは言えません。

課題3:現地経済・文化への影響

安価な古着の大量流入は、輸出先の国の経済や文化に複雑な影響を及ぼします。

  • ポジティブな側面: 消費者にとっては安価で多様な衣料品へのアクセスを向上させ、古着販売に関わる新たな雇用を創出します。
  • ネガティブな側面: 現地の繊維・アパレル産業の成長を阻害し、伝統的な衣装文化を衰退させる可能性があります。

これらの影響は、国や地域によって大きく異なります。そのため、輸出事業者は現地のステークホルダーと対話し、現地の状況を深く理解した上で、責任ある事業活動を行うことが求められます。

循環型経済(サーキュラーエコノミー)実現に向けた提言

これらの分析から、日本の古着輸出が真に持続可能なものとなるためには、以下の点が重要であると考えられます。

提言1:トレーサビリティの向上と情報開示

ブロックチェーンなどの技術を活用し、古着が回収されてから選別、再輸出、最終消費に至るまでのマテリアルフローを追跡可能にすることが求められます。これにより、「隠れごみ」問題を可視化し、サプライチェーン全体の透明性を高めることができます。企業のESG経営の観点からも、このような情報開示は投資家や消費者からの信頼を得る上で不可欠となるでしょう。

提言2:国内リサイクル・アップサイクル技術への投資

輸出に過度に依存する現状から脱却し、国内での資源循環を促進する必要があります。特に、混紡繊維などリサイクルが困難だった素材を化学的に分解し、再生繊維として蘇らせる「ケミカルリサイクル」技術への投資が急務です。 また、古い衣類に新たなデザインや付加価値を与える「アップサイクル」の取り組みを支援することも、国内のクリエイティブ産業の活性化に繋がります。環境省の委員としての経験からも、こうした先進技術への政策的支援がイノベーションを加速させると確信しています。

提言3:輸出事業者と現地ステークホルダーとの連携

輸出先の事業者やNPO、政府機関といった多様なステークホルダーとの連携を強化し、現地のニーズや課題に即した持続可能なリユースシステムを共に構築することが重要です。例えば、現地での選別技術の向上支援や、再販不能な衣類の適切なリサイクル・廃棄システムの構築に協力するなど、単なる「売り手」に留まらないパートナーシップを築くべきです。これは、コンサルタントとしての実践的な視点から見ても、長期的な事業リスクを低減し、新たな価値を共創する上で極めて有効なアプローチです。

よくある質問(FAQ)

Q: なぜ日本の古着は海外、特にアジアで人気があるのですか?

A: 主に2つの理由が考えられます。第一に、日本の消費者は衣類を丁寧に扱う傾向があり、古着の状態が非常に良いと評価されているためです。 第二に、独自のストリートファッション文化や高品質なブランドが、特にタイなどの若者層から高い支持を得ていることが挙げられます。

Q: 輸出された古着の中で、売れ残ったものはどうなるのですか?

A: サステナブルファッション研究者の視点からお答えします。残念ながら、すべての古着が再着用されるわけではありません。品質が低く再販できないものは、工業用ウエス(雑巾)に加工されたり、最終的には現地の埋立地で廃棄されたり焼却されたりするケースも少なくありません。 これが「隠れごみ」問題として国際的に指摘されています。

Q: 古着輸出ビジネスは環境に良いと言えますか?

A: 複雑な問題です。衣類を廃棄せずリユースする点は環境貢献に繋がります。しかし、国際輸送に伴うCO2排出や、輸出先での廃棄問題といった環境負荷も存在します。 ライフサイクル全体で評価するLCAの視点が不可欠であり、単純に「良い」「悪い」と断定することはできません。

Q: 日本からマレーシアへの古着輸出が圧倒的に多いのはなぜですか?

A: マレーシアは日本の古着輸出における巨大な「選別ハブ」として機能しているためです。 多くの日系企業がマレーシアに大規模な選別工場を構えており、一度日本から大量に送られた古着を、そこで細かく仕分けし、各国の需要に合わせて再輸出しています。

Q: 古着を輸出する際に法的な規制はありますか?

A: はい、国によって規制は異なります。例えば、一部のアフリカ諸国では国内産業保護のために古着の輸入を制限または禁止しようとする動きがあります。 輸出事業者は、各国の関税、衛生基準、輸入規制などを常に把握しておく必要があります。

まとめ

本稿では、2025年の最新データに基づき、日本の古着輸出の実態を国別に分析し、サステナビリティの観点からその課題と未来を考察しました。マレーシアをハブとするアジア中心の輸出構造が明らかになる一方で、輸送に伴う環境負荷や「隠れごみ」問題、現地経済への影響といった無視できない課題も浮き彫りになりました。

ファッション業界が真のサーキュラーエコノミーを実現するためには、単に国境を越えてリユースするだけでなく、サプライチェーンの透明性を確保するトレーサビリティの導入や、国内における高度なリサイクル技術への投資、そして現地のステークホルダーとの協調を通じた、より高度で責任ある循環システムの構築が急務です。データに基づいた冷静な現状分析こそが、持続可能なファッションの未来を描くための、不可欠な第一歩となるでしょう。


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