執筆者:田中美穂(リユースファッション研究所)
近年、ファッション業界におけるサステナビリティへの移行は、もはや単なるトレンドではなく、構造的な変革として進行しています。
その核心を担うのが、リユースファッション市場です。
最新の調査では、国内リユース市場全体が3兆円規模に達し、中でもファッション分野は著しい成長を遂げています。
本稿では、2025年に向けて市場が3.5兆円規模へと拡大する未来を展望し、その成長を牽引する要因をデータに基づき多角的に分析します。
サステナブルファッション研究者として、国内外の先進事例を交えながら、企業がこの巨大な潮流をいかに捉え、持続可能なビジネスモデルを構築すべきか、その具体的な成長シナリオを専門家の視点から提言します。
目次
2025年、3.5兆円市場への展望:データで読み解く成長の根拠
市場が3.5兆円規模に達するという予測は、決して希望的観測ではありません。
その論理的根拠を、信頼性の高い統計データと、私たちの消費行動の変化から詳細に解説します。
市場規模の推移と2025年の予測
矢野経済研究所の調査によると、国内のファッション分野に特化したリユース市場は2023年に1兆1,500億円に達しました。
これは、リユース市場全体の約3.1兆円の中でも、特に力強い成長を示している分野です。
この成長率を鑑みると、リユース市場全体が2025年にかけて3.5兆円規模へと拡大していくことは、十分に現実的なシナリオであると考えられます。
この動きは日本に限りません。
世界のリユースファッション市場は2028年までに3,500億ドル(約54兆円)規模に達すると予測されており、グローバルな巨大トレンドであることが示唆されています。
日本市場は、この世界的な潮流の中で、独自のポテンシャルを秘めているのです。
成長を牽引する3つのメガトレンド
この力強い市場成長の背景には、単なる景気動向では説明できない、構造的な3つのメガトレンドが存在します。
1. 消費者行動の構造的変化
特にZ世代やミレニアル世代を中心に、「所有から利用へ」という価値観が浸透し、サステナビリティへの意識が購買行動に直結するようになりました。
古着を環境に配慮した選択肢として捉える消費者が増える一方で、「ごめんね消費」と呼ばれる、安価なファストファッションを購入した罪悪感をリユースで相殺しようとするような矛盾した行動も見られます。
この意識と行動のギャップを埋めることが、今後の市場の質的成長の鍵となると考えられます。
2. テクノロジーの進化と浸透
メルカリに代表されるフリマアプリの普及は、個人間取引(CtoC)を日常の風景に変えました。
さらにBtoC(事業者対消費者)の領域では、AIによる価格査定や真贋鑑定、DX(デジタルトランスフォーメーション)による在庫管理の効率化など、テクノロジーがサービスの信頼性と利便性を飛躍的に向上させています。
これにより、消費者は安心してリユース品を売買できるようになりました。
3. 企業のESG経営と戦略転換
かつては廃棄が主流だったアパレル企業が、ESG(環境・社会・ガバナンス)経営を重視する中で、戦略的にリユース事業へ参入する動きが加速しています。
自社製品の回収や認定中古品の販売は、廃棄物削減という環境貢献だけでなく、ブランドイメージの向上や新たな顧客層との接点創出にも繋がります。
この一次流通企業の参入が、市場全体の信頼性と規模を底上げする重要な要因となっています。
サーキュラーエコノミーを実装する国内外の先進事例
データで示したトレンドは、すでに国内外の企業の具体的なアクションとして結実しています。
ここでは、サーキュラーエコノミー(循環型経済)を実装する先進的なビジネスモデルを紹介します。
海外事例:テクノロジーが拓くリコマースの最前線
海外では、テクノロジーを駆使したリコマース(再販)プラットフォームが市場を牽引しています。
米国の「The RealReal」や欧州の「Vestiaire Collective」などがその代表格です。
これらの企業は、AIを活用した高度な真贋鑑定システムを導入することで、高価格帯のブランド品でも安心して取引できる環境を構築しました。
また、顧客の購買履歴に基づいたパーソナライズされた提案や、ブランドとの公式連携を通じて、単なる中古品売買の場を超えた、新たな顧客体験を創出しています。
彼らの成功は、テクノロジーによる信頼性の担保が、リユース市場拡大の生命線であることを証明しています。
国内事例:多様化するリユースビジネスと一次流通との融合
日本国内でも、ビジネスモデルは多様化しています。
メルカリのようなCtoCプラットフォームが巨大なユーザー基盤を築く一方で、セカンドストリートのようなBtoC事業者も独自の強みを発揮し、市場を支えています。
特筆すべきは、一次流通を担うアパレル企業自身がリユース事業を手がける動きです。
オンワードや三陽商会といった大手企業が、自社製品の回収と再販を本格化させています。
さらに、地域創生とサステナビリティを両立させる新しい試みも生まれています。
例えば、BtoBプラットフォームである「NIPPON47」は、国内の古着を海外へ輸出するだけでなく、地域の伝統工芸品やブランドの二次流通を促進し、新たな価値を創出する可能性を秘めています。
こうした多様なプレイヤーの参入が、日本市場の厚みを増しているのです。
3.5兆円市場実現に向けた成長シナリオと課題
これまでの分析を踏まえ、市場が持続的に成長するための具体的なシナリオと、私たちが乗り越えるべき課題について提言します。
シナリオ:一次流通と二次流通のシームレスな連携
今後の成長の鍵を握るのは、一次流通と二次流通のシームレスな連携です。
例えば、新品の販売時に将来の買取価格を保証するプログラムや、自社のECサイト上で品質を保証した認定中古品を販売するモデルが考えられます。
このような取り組みは、製品のライフサイクル全体に企業が責任を持つことの表明であり、顧客にとっては安心して購入・手放せるというメリットがあります。
企業にとっては、顧客生涯価値(LTV)の向上とブランドへのロイヤルティ強化に繋がり、持続可能なビジネスモデルの構築に不可欠な戦略となるでしょう。
乗り越えるべき課題:信頼性・トレーサビリティ・法整備
市場の健全な成長のためには、3つの課題を乗り越える必要があります。
第一に、偽造品問題や品質基準の曖昧さといった「信頼性」の問題です。
第二に、その製品がいつ、どこで、誰によって作られたのかを追跡する「トレーサビリティ」の欠如です。
これらの課題解決には、ブロックチェーン技術などを活用した情報追跡システムの導入や、業界統一の品質ガイドライン策定が有効と考えられます。
そして第三に、「法整備」です。
欧州では、生産者が製品の廃棄・リサイクルまで責任を負う「拡大生産者責任(EPR)」の導入が進んでいます。
日本でも今後、同様の法整備が進む可能性があり、企業は先んじて循環型モデルへの転換を進める必要があります。
よくある質問(FAQ)
Q: なぜ今、リユースファッション市場がこれほど急成長しているのですか?
A: 主な要因は3つです。
第一に、Z世代を中心に環境意識が高まり、サステナブルな消費が重視されるようになったこと。
第二に、フリマアプリの普及で誰でも手軽に売買できるようになったこと。
第三に、アパレル企業自身が廃棄物削減のためにリユース事業に参入し始めたことが挙げられます。
Q: リユース市場が拡大すると、新品の売上が落ちるのではないでしょうか?
A: 短期的にはカニバリゼーション(共食い)の懸念もありますが、長期的には新たな顧客層の獲得やブランドへのエンゲージメント向上に繋がると考えられます。
認定中古品などを通じてブランドの世界観に初めて触れる消費者が、将来的に新品の顧客になる可能性も指摘されています。
Q: リユース品を購入する際に最も注意すべき点は何ですか?
A: 商品の状態、サイズ感、そして真贋(本物かどうか)の3点です。
信頼できるプラットフォームや事業者から購入することが重要です。
事業者が提供する鑑定サービスや、詳細な商品説明、返品ポリシーなどを事前に確認することをお勧めします。
Q: 企業がリユース事業に参入するメリットは何ですか?
A: 売上拡大だけでなく、①サステナビリティへの貢献による企業イメージ向上、②廃棄コストの削減、③リユース顧客という新たな顧客層へのリーチ、④顧客データの収集による商品開発への活用など、多岐にわたるメリットが考えられます。
Q: 今後、リユースファッションで注目すべき技術トレンドは何ですか?
A: AIによる自動価格査定・真贋鑑定、AR(拡張現実)を用いたバーチャル試着、ブロックチェーンによる製品の来歴追跡(トレーサビリティ)などが注目されています。
これらの技術は、オンラインでの購買体験を向上させ、市場の信頼性を高める上で不可欠となるでしょう。
まとめ
本稿で分析したように、2025年のリユースファッション市場3.5兆円突破は、単なる経済予測以上の意味を持ちます。
それは、消費者、テクノロジー、そして企業戦略という三つの歯車が噛み合い、ファッション業界がサーキュラーエコノミーへと本格的に移行していく未来の姿です。
この巨大な変化は、すべてのステークホルダーにとって挑戦であると同時に、新たな価値創造の機会でもあります。
本記事で提示した成長シナリオと提言が、皆様にとって持続可能なファッションの未来を築くための一助となれば幸いです。
この潮流を的確に捉え、次なる一手を行動に移すことが今、求められています。
参考文献
株式会社矢野経済研究所「アパレル・ファッション関連のリユース市場に関する調査(2024年)」
thredUP「2025 Resale Report」
Circular Economy Hub(CE Hub)