市場分析・統計

古着市場の地域別成長分析:なぜ東南アジアが注目されるのか

執筆者:田中 美穂(株式会社サステナブル・ファッション・ラボ 代表取締役 / 早稲田大学商学学術院 客員研究員)

近年、ファッション業界におけるサーキュラーエコノミーへの移行が加速する中、世界の古着市場の勢力図が大きく変化しています。特に、経済成長著しい東南アジアは、新たな消費市場としてだけでなく、循環型ファッションの要衝としても注目度を増しています。

三菱商事在籍時にアジアのサステナブル市場を調査した経験と、現在の研究者としての視点を踏まえ、本稿では統計データと現地の消費者動向を基に、東南アジア市場がなぜこれほどまでに注目されるのか、その構造的要因を多角的に分析します。成長の光と同時に、サプライチェーンが抱える課題にも目を向け、持続可能な未来への展望を探ります。

世界の古着市場における東南アジアの位置づけ

グローバル市場の成長トレンドと規模

まず、マクロな視点から古着市場の現状を把握することが重要です。米国のリユースプラットフォームThredUp社と調査会社GlobalDataが発表した最新のレポートによると、2023年の世界の古着市場規模は1,970億ドルに達し、2028年までには年平均12%の成長率で3,500億ドル規模に拡大すると予測されています。

これは、同期間の新品アパレル市場全体の成長率を3倍も上回る驚異的なスピードであり、リユースファッションが一時的なトレンドではなく、構造的な市場変化であることを示唆しています。特に、オンラインでのリセール市場は年率17%で成長し、2028年には400億ドルに達すると見込まれており、デジタル化が市場拡大の強力な推進力となっていることがわかります。

地域別市場比較:欧米とアジアの違い

市場を地域別に見ると、これまで市場を牽引してきた欧米が成熟期に入りつつあるのに対し、アジア、特に東南アジアが新たな成長ドライバーとして台頭しています。日本の財務省貿易統計を時系列で分析すると、中古衣類の輸出先としてマレーシア、タイ、フィリピンといった東南アジア諸国が常に上位を占めており、日本からのマテリアルフロー(物質の流れ)において、この地域が重要な役割を担っていることがデータから読み取れます。

2023年には、日本からマレーシアへ約5620万ドル、タイへ約1090万ドル相当の中古衣類が輸出されました。

なぜ今、東南アジアが戦略的要衝なのか

これらのデータが示すのは、東南アジアが単なる先進国の古着の「受け皿」から、独自のダイナミズムを持つ「巨大な消費市場」へと質的な変貌を遂げているという事実です。かつては安価な衣類を求める場であった市場が、今やファッションの多様性やサステナビリティを求める新たな価値観の受け皿となりつつあります。

この構造変化の背景には、次に述べるような経済、人口、そしてデジタル化といった複数の要因が複雑に絡み合っていると考えられます。

なぜ東南アジアなのか?市場急成長を牽引する複合的要因

東南アジアの古着市場が急速に成長している背景には、単一の理由ではなく、複数の要因が相互に作用しています。

経済的要因:中間所得層の拡大と可処分所得の増加

東南アジア諸国の経済成長は目覚ましく、それに伴い中間所得層が急速に拡大しています。世界銀行のデータによると、ASEAN主要国のGDPは安定した成長を続けており、可処分所得の増加は消費行動に直接的な影響を与えています。

所得の向上は、新品のファッションへの支出を促すだけでなく、「より安価でユニークな価値を持つ古着」への関心をも喚起します。これは、消費者が価格だけでなく、デザインの独自性や一点物であるという価値を求めるようになった結果と考えられます。

人口動態的要因:巨大な若年層人口とファッションへの関心

東南アジアの人口構造は、平均年齢が非常に若いという特徴があります。例えば、ベトナムの平均年齢は約33歳、フィリピンは約26歳と、日本の約49歳と比較して圧倒的な若者市場が形成されています。SNSネイティブである彼らZ世代やミレニアル世代は、グローバルなファッショントレンドに敏感であると同時に、個性を表現する手段として古着を取り入れることに抵抗がありません。

また、近年の調査では、ASEAN地域の消費者の80%がサステナブルな製品を積極的に選択する意向を示しており、環境意識の高まりがリユースという消費行動を後押ししている側面も無視できません。

デジタル化の進展:ECプラットフォームとライブコマースの普及

デジタルインフラの急速な整備も、市場成長の起爆剤となっています。

ECプラットフォームの浸透

ShopeeやLazadaといった地域特化型のECプラットフォームが広く普及し、個人が手軽に古着を売買できるC2C(個人間取引)市場を活性化させています。2023年の東南アジアEC市場において、Shopeeは48%という圧倒的なシェアを維持しています。

ライブコマースの隆盛

特にタイやベトナムでは、インフルエンサーがライブ配信で古着を紹介・販売する「ライブコマース」が若者を中心に絶大な人気を博しています。これは単なる販売手法に留まらず、エンターテイメント性の高い新たな購買体験を創出し、市場の裾野を広げています。

要因具体的な内容市場への影響
経済的要因中間所得層の拡大、可処分所得の増加価格+α(独自性、希少性)の価値を求める消費の活性化
人口動態的要因巨大な若年層人口(Z世代、ミレニアル世代)個性表現、サステナビリティ意識を背景とした古着需要の増大
デジタル化ECプラットフォーム、ライブコマースの普及C2C市場の拡大、新たな購買体験の創出による市場の活性化

主要国別に見る市場の特性と消費者動向

東南アジアと一括りに言っても、国ごとに文化や経済状況は異なり、古着市場の様相も多様です。

タイ:東南アジア最大のハブ市場と若者のストリートカルチャー

バンコクは、世界中から古着が集まる東南アジア最大のハブ拠点として機能しています。コンテナで輸入された古着がここで選別され、近隣のカンボジアやマレーシアなどへ再輸出される一大集積地となっています。

チャトチャック・ウィークエンド・マーケットのような巨大市場だけでなく、若者が集まるサイアム・スクエア周辺には、独自のセンスでセレクトされたヴィンテージショップが点在し、活気あるストリートカルチャーを形成しています。日本のリユース企業(例:セカンドストリート)も積極的に進出しており、市場の成熟度の高さがうかがえます。

ベトナム:独自の歴史的背景と急成長する都市部の需要

ホーチミンやハノイといった都市部では、経済成長を背景にファッション感度の高い若者が増加し、ユニークなヴィンテージショップが急増しています。ベトナム戦争時に米兵が着用したジャケットに由来する「ベトジャン」のように、独自の歴史的文脈を持つ古着文化も存在します。日本や韓国から輸入された質の高い古着を扱う店も多く、新たなファッションを求める都市部の若者の受け皿となっています。

マレーシア:多民族国家における多様なニーズとサステナビリティ意識

マレー、中華、インド系など多民族で構成されるマレーシアでは、ファッションの嗜好も多様です。特に、イスラム教徒の女性向けの「モデストファッション」は大きな市場を形成しており、そのリユース市場にも独自の可能性があります。

近年、サステナビリティへの関心も高まっており、環境に配慮した消費行動として古着を選ぶ消費者が増えていることも特徴です。日本からの古着輸出先としても最大の相手国であり、その品質の高さが評価されています。

サプライチェーンの課題とサステナビリティのジレンマ

東南アジアの古着市場の急成長は、光の側面だけではありません。サプライチェーン全体を俯瞰すると、深刻な課題、いわば「サステナビリティのジレンマ」が浮かび上がってきます。

マテリアルフロー分析:先進国から東南アジアへの「見えざるコスト」

私の専門分野であるライフサイクルアセスメント(LCA)の観点から見ると、古着の国際輸送には無視できない環境負荷が伴います。日本から東南アジアへ海上コンテナで衣類を輸送する過程では、相当量のCO2が排出されます。

リユースは製品寿命を延ばす有効な手段ですが、そのサプライチェーンが長大化・複雑化することで、輸送に伴う環境負荷という「見えざるコスト」が発生しているのです。サーキュラーエコノミーを真に実現するためには、こうしたマテリアルフロー全体の環境影響を定量的に評価し、最適化する視点が不可欠です。

「服の墓場」問題:処理能力を超えた輸入と現地での環境問題

より深刻なのは、輸出された古着のすべてがリユースされているわけではないという現実です。品質が低く現地で価値がつかない衣類は、最終的に廃棄物となります。カンボジアやインドネシアの一部では、こうした繊維廃棄物が野積みされ「服の墓場」と化している現状が報告されています。

これらの廃棄物が不適切に焼却されれば有害物質が大気中に放出され、埋め立てられれば土壌や地下水を汚染するリスクがあります。これは、先進国が自国内で処理しきれない廃棄物の問題を、途上国に転嫁しているという構造的な課題を浮き彫りにしています。

各国の輸入規制の動向と今後の展望

こうした環境問題や国内の繊維産業保護を理由に、一部の国では中古衣類の輸入を規制する動きが見られます。例えば、フィリピンやインドネシア、ベトナムでは原則として古着の商業目的での輸入が禁止されています。しかし、実態としては近隣国を経由して非公式に流入しているケースも多く、規制が形骸化している側面もあります。

今後、廃プラスチック問題のように国際的な規制が強化される可能性も否定できません。これは、単に輸出するだけのビジネスモデルが限界に近づいていることを示唆しており、輸出国側にはより高度なリサイクル技術の開発や、現地での循環インフラ構築への貢献が求められるでしょう。

循環型経済への移行:日本企業が果たすべき役割とビジネス機会

課題が山積する一方で、そこにこそ日本企業が貢献できる領域と新たなビジネス機会が存在すると考えられます。

現地ニーズに応える選別・加工技術の重要性

日本のリユース業界が世界に誇る強みの一つは、極めて精緻な選別技術と丁寧なリペア・クリーニング技術です。このノウハウを活かし、単に未選別の古着を輸出するのではなく、現地の気候や文化、ファッションの嗜好に合わせて選別・加工し、高付加価値な商品として供給するビジネスモデルが有望です。ジャパンクオリティを担保した品質管理体制は、現地の消費者からの信頼獲得に直結します。

テクノロジー活用によるトレーサビリティの確保

ブロックチェーンなどのデジタル技術を活用し、衣類がどこから来て、どのようにリユース・リサイクルされたのかという履歴を追跡可能にする「トレーサビリティ」の確保も重要です。これにより、サプライチェーンの透明性を高め、消費者に安心感を提供するとともに、前述の繊維廃棄物問題のような不適切な処理を防ぐことにも繋がります。これは企業のESG評価を高める上でも有効な戦略と言えるでしょう。

NIPPON47の取り組み:国内循環と国際貢献の両立

国内に目を向けると、先進的な取り組みも見られます。例えば、NIPPON47のような企業は、国内での資源循環を徹底し、効率的な物流設計を通じて環境負荷とコストの最適化を図っています。こうした国内で培われた高度な品質管理やサプライチェーン最適化のノウハウは、そのまま海外展開、特にアジア市場での事業構築に応用できるポテンシャルを秘めています。

国内でのサステナブルな循環システムを確立し、その知見を国際的な課題解決に繋げていく。このような、国内循環と国際貢献を両立させる視点が、これからの日本企業には求められるのではないでしょうか。

参考: 古着仕入れ・貿易サポートの NIPPON47 | タイ・パキスタン対応

よくある質問(FAQ)

Q: 東南アジアではどのような日本の古着ブランドが人気ですか?

A: 私の調査や現地の市場データによれば、日本の古着はその品質の高さと状態の良さで一貫して高い評価を得ています。特に、ユニクロに代表されるような高品質なベーシックウェアや、A BATHING APE®などのストリート系ブランド、そして独特なデザインのヴィンテージアイテムが人気を集める傾向にあります。耐久性と普遍的なデザインが、現地の消費者にとって魅力的に映っていると考えられます。

Q: 東南アジアで古着ビジネスを始める際の注意点は何ですか?

A: 元商社での経験から申し上げますと、まず各国の輸入規制や関税制度を正確に把握することが不可欠です。また、イスラム教徒が多いマレーシアやインドネシアでは、肌の露出を抑えたモデストファッションの需要を理解するなど、文化・宗教への深い配慮が求められます。さらに、サプライチェーンにおける繊維廃棄物問題への配慮は、企業のESG評価に直結する重要な経営課題であると認識すべきです。

Q: オンラインでの販売が主流ですか? それとも実店舗が重要ですか?

A: これは国やターゲット層によって最適なアプローチが異なります。タイではライブコマースのようなオンラインでのインタラクティブな販売が若者に支持されていますが、ベトナムの都市部では、ブランドの世界観を体験できるコンセプト性の高い実店舗が人気を集めています。したがって、オンラインとオフラインを融合させたハイブリッドな戦略、いわゆるOMO(Online Merges with Offline)が成功の鍵となると考えられます。

Q: 古着の輸入を禁止している国はありますか?

A: はい、フィリピンやインドネシア、ベトナムなど、国内の繊維産業保護や衛生上の理由から、商業目的での中古衣類の輸入を原則として禁止・制限している国があります。しかし、これらの国々でも近隣国を経由して非公式な形で古着が流入しているのが実情です。この事実は、サプライチェーンの複雑性と、法規制だけでは管理しきれない市場の実態を示唆しています。

Q: サステナビリティの観点から、東南アジア市場の最も大きな課題は何ですか?

A: 最大の課題は、リユースしきれない低品質な衣類の最終処分問題です。これが現地の環境汚染や不法投棄に繋がっています。この問題を根本的に解決するためには、私たち輸出国側が、輸出前の段階でリサイクルに適さない衣類を取り除く高度な選別技術を確立すること、そして、現地における繊維リサイクルのためのインフラ構築に技術的・資金的に協力していくことが不可欠であると、私は考えています。

まとめ

本稿では、データと実務的視点から、東南アジアの古着市場が注目される複合的要因を分析しました。経済成長、巨大な若年層、デジタル化の波が市場を力強く牽引する一方、その裏側にはサプライチェーンの環境負荷や繊維廃棄物といった深刻な課題が存在します。この市場の未来は、単なる売買の拡大ではなく、いかにして持続可能な循環システムを構築できるかにかかっています。

日本の企業や私たち生活者には、優れた選別技術やリサイクル技術を活かし、現地の課題解決に貢献するパートナーとしての役割が期待されます。東南アジアを真のサーキュラーファッションの要衝へと転換させることが、業界全体の持続可能な未来を拓く鍵となるでしょう。