サステナビリティ研究

「繊維から繊維へ」ケミカルリサイクルの技術動向と、日本企業が直面する課題

近年、ファッション業界におけるサステナビリティへの関心は、かつてないほどの高まりを見せています。しかし、その裏側で、私たちは依然として深刻な課題に直面しています。環境省の調査によれば、日本国内で一年間に手放される衣類は約51万トンにものぼり、そのうち約66%が焼却または埋め立てによって処分されているのが現状です。これは、私たちが日々楽しむファッションが、同時に大量の廃棄物を生み出しているという厳しい現実を示唆しています。

特に、「服から服へ」と資源を循環させる水平リサイクル、すなわちクローズドループ・リサイクルの実現は、業界全体の長年の悲願でありながら、その達成率はわずか1%にも満たないとされています。この困難な状況を打破する鍵として、今、ケミカルリサイクル技術に大きな期待が寄せられています。

本記事では、サステナブルファッション研究者としての私の視点から、この「繊維から繊維へ」の循環を実現するケミカルリサイクルの最新技術動向を、国内外の具体的な事例を交えながら詳細に分析します。さらに、その技術を社会実装する上で、日本企業が直面している特有の課題を浮き彫りにし、持続可能なファッションの未来を皆さんと一緒に描いていきたいと思います。

ケミカルリサイクルの基本と技術動向

繊維リサイクルは、大きく「マテリアルリサイクル」と「ケミカルリサイクル」の二つに大別されます。それぞれの特性を理解することは、サーキュラーファッションの現状と未来を考える上で不可欠です。

繊維リサイクルの基本と技術動向

マテリアルリサイクルとケミカルリサイクルの違い

マテリアルリサイクルは、回収した衣類を物理的に処理し、再び繊維状に戻して利用する方法です。しかし、リサイクルを繰り返すうちに品質が劣化する「ダウンサイクル」に陥りやすいという課題があります。

一方、ケミカルリサイクルは、化学的なプロセスを用いて繊維を分子レベルまで分解し、再びバージン素材と同等の品質を持つ原料(モノマー)に戻す技術です。これにより、品質の劣化を伴わない「クローズドループ・リサイクル」が理論上は無限に可能となります。

リサイクル手法特徴メリットデメリット
マテリアルリサイクル物理的処理により再資源化・比較的低コスト
・環境負荷が低い
・品質が劣化しやすい(ダウンサイクル)
・複合素材の分離が困難
ケミカルリサイクル化学的処理により分子レベルまで分解・バージン素材と同等の品質を維持
・複合素材から特定繊維の分離が可能
・技術的難易度が高い
・コストが割高
・対応できる素材が限定的

ポリエステルのケミカルリサイクル技術の進展

現在、ケミカルリサイクルの研究開発が最も進んでいるのが、世界の繊維生産量の半分以上を占めるポリエステルです。近年、この分野で技術的なブレークスルーが相次いでいます。例えば、日本の大手繊維メーカーである帝人フロンティア株式会社は、下記のような画期的な技術を開発しました。

  • 新BHET法:従来よりも少ないエネルギーでリサイクルを可能にする。
  • ポリウレタン分離技術:スポーツウェアなどに含まれるポリウレタンを分離し、リサイクルを可能にする。

これにより、石油由来の原料から作られるポリエステルと遜色のない品質の再生ポリエステルを、より多様な古着から生み出すことが可能になったのです。

複合素材への対応の重要性

現代の衣類の多くは、綿とポリエステル、ナイロンとポリウレタンといったように、複数の素材を組み合わせて作られています。この「複合素材」こそが、繊維リサイクルを阻む最大の壁の一つです。ケミカルリサイクルは、この課題に対する有力な解決策となり得ます。複合素材への対応は、サーキュラーエコノミー実現に向けた技術開発の最重要テーマであり、今後の研究開発の進展が強く期待される分野です。

市場規模と成長見通し

ケミカルリサイクルの技術開発が進む背景には、サステナビリティへの要請だけでなく、巨大な経済的ポテンシャルが存在します。

グローバル市場の拡大

世界の繊維リサイクル市場は、着実な成長軌道に乗っていると考えられます。米国の市場調査会社IMARC Groupのレポートによると、2024年における世界の繊維リサイクル市場規模は54億米ドルに達し、2033年までには67.1億米ドルに達すると予測されています。この成長は、以下の3つの要因によって牽引されています。

  • 環境規制の強化
  • 企業のESG経営へのシフト
  • 消費者の環境意識の高まり

日本市場の現状と可能性

一方、日本の市場はどうでしょうか。IMARC Groupの別のレポートによれば、日本の繊維リサイクル市場は、世界平均を上回る成長率で拡大すると予測されています。しかし、環境省の調査によると、国内における衣類の新規供給量約82万トンに対し、ケミカルリサイクルによって再資源化されているのは、わずか約2,000トンに過ぎません。これは全体の0.24%という極めて低い水準であり、技術開発の成果が、まだ市場規模の拡大に直結していない現状を物語っています。

海外との比較

日本のリサイクル率が伸び悩む背景を理解するために、海外の先進的な取り組みと比較してみましょう。

国名特徴的な取り組み回収・リサイクル率の状況
ドイツ自治体と民間が連携した効率的な回収システム古着回収率70%以上
フランス売れ残り製品の廃棄を禁止する法律、EPR制度の確立2022年時点で衣料・履物・家庭用リネンの51%を回収
イギリス国民に根付いたチャリティショップへの寄付文化古着の再利用・リサイクルが活発
日本全国統一の回収システムがなく、自治体や事業者の努力に依存リユース・リサイクル率は約34%(リユース含む)

※各種調査レポートを基に作成

このように、欧州諸国では法規制と社会システムの両輪によってサーキュラーエコノミーへの移行を強力に推進しています。対照的に、日本では全国統一の回収システムが存在せず、消費者の善意や一部の企業の自主的な取り組みに依存しているのが現状です。

海外の先進事例と課題

ケミカルリサイクルの社会実装は、技術開発の成功がそのまま事業の成功に結びつくほど単純ではありません。

Renewcell(現Circulose)の事例:先駆者が直面した厳しい現実

スウェーデンのRenewcell社は、ケミカルリサイクルの先駆者として世界中から大きな期待を集めていましたが、2024年2月、突如として破産を申請しました。技術的には高い評価を得ていたにもかかわらず、なぜ経営破綻に至ったのでしょうか。その背景には、以下の3つの根深い課題があったことが浮かび上がります。

  • 価格競争力の壁:バージン素材に比べてコストが割高になる。
  • 限定的な採用:PR目的のカプセルコレクションなどに留まり、大規模な需要に繋がらない。
  • サプライチェーンへの浸透不足:デザイナーの手元にまで素材が届く仕組みが不十分。

Renewcell社の事例は、革新的な技術を開発するだけでは不十分であり、既存のサプライチェーンに適合するビジネスモデルを構築し、価格競争力と安定供給を実現することがいかに重要であるかという、厳しい教訓を私たちに突きつけています。

Circ(米国)の取り組みとH&Mグループの戦略

一方で、成功に向けた動きも活発化しています。米国のスタートアップ企業Circ社は、リサイクルの最大の難関である「綿・ポリエステル混紡繊維」の分離・再生技術で注目を集めています。また、H&Mグループは、2030年までに100%リサイクルまたはサステナブルな素材に移行するという野心的な目標を掲げ、自らが主導して巨大なリサイクルサプライチェーンを構築しようとしています。

日本企業の取り組みと課題

欧米企業が先行する中で、日本の繊維企業もまた、独自の技術力と戦略でサーキュラーエコノミーの実現に挑んでいます。

帝人フロンティアの先進的技術戦略とジレンマ

日本のケミカルリサイクル技術をリードする帝人フロンティアは、革新的な技術を次々と打ち出しています。しかし、同社自身も認めているように、「国内では廃棄衣料を回収してリサイクルに回す仕組みが整っていない」という、社会システムに対する強い課題意識、すなわちジレンマを抱えています。

業界の壁を越えたコンソーシアムの設立

こうした個社での解決が困難な課題に対し、日本の繊維業界は大きな一歩を踏み出しました。2025年10月、帝人フロンティア、東レ、クラボウといった大手繊維メーカー5社が連携するコンソーシアムの設立が発表されました。このコンソーシアムは、「2040年までにすべての廃棄衣類を再資源化する」という野心的な目標を掲げ、以下の課題に共同で取り組みます。

  • 選別工程の自動化
  • 分離技術の共同開発
  • バイオ技術の活用

日本企業が直面する「4つの壁」

これらの先進的な取り組みにもかかわらず、日本企業が「繊維to繊維」リサイクルを本格的な事業として軌道に乗せるまでには、依然として複数の高い壁が存在します。

課題の側面具体的な内容
技術の壁・多様化・複雑化する複合素材への対応
・再生原料の品質の安定化
・エネルギー効率の高いプロセスの開発
経済の壁・バージン素材に対するコスト競争力の欠如
・大規模な設備投資と回収の不確実性
・リサイクル原料の価格変動リスク
システムの壁・効率的な廃棄衣料の回収インフラの不在
・素材情報が不明な衣類が多く、選別に多大なコストが発生
・リサイクルを前提とした製品設計(エコデザイン)の不足
市場の壁・リサイクル素材に対する消費者の理解と需要の不足
・一過性の採用に留まり、大規模な需要に繋がらない
・サプライチェーン全体での連携不足

解決に向けた提言

これらの複雑に絡み合った課題を解決し、日本がこの分野で世界をリードしていくためには、個社の努力だけでは限界があります。ここでは、4つの側面からの具体的な提言を述べたいと思います。

1. 政策による強力な後押し:ゲームのルールを変える

まず不可欠なのが、国による明確な方針と、市場のルールそのものを変えるような強力な政策的支援です。

  • 拡大生産者責任(EPR)制度の導入:生産者が製品の廃棄後の回収・リサイクルに責任を負う仕組みを導入する。
  • 回収インフラへの公的支援:全国規模の回収・選別システム構築に、補助金や税制優遇措置を講じる。
  • 技術開発への継続的な投資:複合素材の分離技術など、日本の優位性を確立できる分野へ重点的に投資する。

2. 業界連携の深化:水平と垂直の連携を築く

2025年に設立されたコンソーシアムの動きを、さらに深化・拡大させていく必要があります。

  • 「水平連携」の拡大:ナイロン、アクリルなど、あらゆる繊維に対応できる「オールジャパン」体制を構築する。
  • 「垂直連携」の強化:素材メーカー、アパレル、小売、消費者を繋ぎ、情報のトレーサビリティと価値を共有する。

3. 消費者行動の変容:市民を「変革のパートナー」に

サーキュラーエコノミーの最後のピースを埋めるのは、私たち消費者一人ひとりの行動です。

  • 意識改革の促進:「捨てる」から「資源として手放す」への意識転換を促す情報発信と教育を行う。
  • リサイクル素材の価値の再定義:「未来の素材」としてのブランディング戦略を推進する。

4. グローバルな視点での戦略構築

繊維産業は、本質的にグローバルなサプライチェーンの上に成り立っています。

  • 国際標準化への参画:リサイクル素材の品質基準などのルールメイキングを主導する。
  • 海外企業との戦略的提携:グローバルな視点でのオープンイノベーションを加速させる。

まとめ:技術とシステムの融合が拓く未来

本記事では、「繊維から繊維へ」というサーキュラーエコノミーの理想を実現するための鍵となる、ケミカルリサイクルの最新動向と、日本企業が直面する複雑な課題について、多角的に分析してきました。

技術的なブレークスルーは、確かに循環型社会への扉を開く重要な一歩です。しかし、スウェーデンのRenewcell社の事例が示すように、優れた技術力だけでは、巨大な既存の経済システムの中で事業を継続させることは極めて困難です。真の変革は、革新的な「技術」と、それを社会に実装するための「ビジネスモデル」や「社会システム」が両輪となって初めて動き出します。

2025年、日本の繊維業界が業界の壁を越えてコンソーシアムを設立し、「2040年にすべての廃棄衣類を再資源化する」という野心的な目標を掲げたことは、この課題に対する日本の答えであり、新たな時代の幕開けを告げるものです。この挑戦は、単なる環境問題への対応に留まりません。新たな産業を創出し、国際競争力を高め、そして私たちの生活とファッションの未来をより豊かにするための、壮大な国家プロジェクトと言えるでしょう。

もちろん、その道のりは決して平坦ではありません。しかし、政策による後押し、業界内の水平・垂直連携の深化、そして私たち消費者一人ひとりの意識と行動の変容が一体となった時、かつては夢物語とされた「服から服へ」の完全な循環が、現実のものとなるはずです。持続可能なファッション産業の実現に向けた挑戦は、まだ始まったばかりなのです。