業界インサイト

環境省委員の視点:日本のファッション政策は世界から周回遅れなのか?

環境省の委員として政策の最前線に立つ私が、日々痛感していることがあります。それは、世界のサステナビブルファッション政策、特に欧州の動向と日本の現状との間にある、無視できない「時間差」です。

EUでは製品の透明性を義務化する「デジタル製品パスポート」が現実のものとなりつつあり、フランスでは売れ残り品の廃棄が法で禁じられました。一方、日本の衣類の約65%が廃棄されているという事実は、私たちの現在地を物語っています。

本稿では、データと国際比較に基づき、「日本のファッション政策は周回遅れなのか?」という問いに正面から向き合います。単なる批判に終わらず、日本の強みを活かし、世界と伍していくための具体的な道筋を、専門家の視点から提言します。

なぜ今、世界のファッション政策が急速に変化しているのか?

世界のファッション政策が急速に舵を切り始めた背景には、もはや看過できない環境負荷の現実と、それに伴う経済・社会構造の変化があります。

ファッション産業が与える深刻な環境負荷の現実

ファッション産業は、その華やかなイメージとは裏腹に、環境への負荷が極めて大きい産業の一つとして国際的に認識されています。私の専門であるライフサイクルアセスメント(LCA)の観点から見ても、その影響はサプライチェーンのあらゆる段階に及びます。

  • 水消費: エレン・マッカーサー財団の報告によると、世界の繊維生産は年間約930億立方メートルの水を使用しています。(参考リンク
  • CO2排出: 環境省の調査によれば、日本で供給される衣類1着あたりのCO2排出量は約25.5kgと試算されています。国連貿易開発会議(UNCTAD)は、ファッション産業全体の温室効果ガス排出量が国際航空業界と海運業界を合わせた量よりも多いと指摘しています。
  • 水質汚染: 世界の工業用水汚染の約20%は、繊維の染色と処理に起因するとされています。
  • 廃棄物: 世界では、生産された衣料品の1%未満しか新しい衣料品にリサイクルされていません。

これらのデータは、従来の「作って、使って、捨てる」というリニア(直線型)な経済モデルが限界に達していることを明確に示唆しています。

EUが主導する「サーキュラーエコノミー」という巨大な潮流

こうした状況に対し、特にEUは危機感を強め、新たな成長戦略として「サーキュラーエコノミー(循環型経済)」への移行を強力に推進しています。2022年3月に発表された「EU持続可能・循環型テキスタイル戦略」は、その象徴です。

この戦略の核心は、2030年までにEU市場で販売される繊維製品を「長寿命でリサイクル可能、リサイクル繊維を多く含み、有害物質がなく、社会権を尊重して生産されたもの」にすることです。これは単なる環境保護政策ではありません。三菱商事在籍時に痛感しましたが、これは新たな規制を通じて域内産業の競争力を高め、グローバル市場におけるルール形成を主導しようとする、極めて戦略的な経済政策なのです。

消費者(特にZ世代)の価値観の変化と企業の社会的責任

政策転換を後押ししているのが、消費者の価値観の変化です。特にデジタルネイティブであるZ世代は、製品の背景にあるストーリーや企業の倫理観を重視し、サステナビリティを購買における重要な判断基準とする傾向が強いことが、各種調査で明らかになっています。

この消費者行動の変化は、企業に対してESG(環境・社会・ガバナンス)経営への取り組みと、サプライチェーン全体の透明性確保を強く要請しています。企業はもはや、環境や社会に対する責任を無視しては、長期的な成長はおろか、存続すら難しい時代に突入しているのです。

周回遅れは本当か?EUと日本のファッション政策を徹底比較

「日本の政策は周回遅れなのか」という問いに答えるため、ここではEUおよびフランスの先進的な政策と、日本の現状を客観的に比較分析します。最大の違いは、企業の行動変容を促す「法的拘束力」の有無にあると考えられます。

先進事例:EU・フランスの「法的拘束力」を持つ政策

EUとフランスは、企業の自主性に任せるだけでなく、具体的な法規制によってサーキュラーエコノミーへの移行を加速させています。

政策項目EU / フランスの動向日本の現状
デジタル製品パスポート(DPP)義務化へ。エコデザイン規則(ESPR)に基づき、2027年頃から繊維製品に適用開始の見込み。製品の素材、製造元、修理・リサイクル情報等へのアクセスを消費者に提供。検討段階。経済産業省の検討会で情報開示の重要性は認識されているが、具体的な法制化や導入義務の議論には至っていない。
売れ残り品の廃棄原則禁止。フランスでは2022年1月から世界に先駆けて施行。企業は寄付、再利用、リサイクルが義務付けられる。法的な禁止規定なし。企業の自主的な取り組みに委ねられている。
拡張生産者責任(EPR)義務化へ。改正廃棄物枠組指令に基づき、EU全域で繊維製品の生産者が回収・リサイクル費用の負担を義務付けられる。法的な義務なし。一部企業が自主的な回収プログラムを実施しているが、業界全体をカバーする制度はない。

日本の現状:「自主的取り組み」中心のアプローチ

一方、日本の政策は、企業の自主的な活動を促すガイダンスや目標設定が中心となっています。

  • 循環型社会形成推進基本計画とロードマップ: 環境省は「第五次循環型社会形成推進基本計画」で、家庭から廃棄される衣類の量を2030年度までに2020年度比で25%削減する目標を掲げています。また、経済産業省は「繊維製品における資源循環ロードマップ」を策定し、業界が取り組むべき方向性を示しています。
  • 業界団体による連携: 「ジャパンサステナブルファッションアライアンス(JSFA)」のようなプラットフォームが設立され、企業間の連携が進んでいる点は評価できます。しかし、これらの取り組みはあくまで任意であり、参加していない企業への強制力はありません。

このように、EUが「ルールによる市場の再設計」を進めているのに対し、日本は「企業の善意と努力に期待する」というアプローチに留まっており、両者の間には明確なスタンスの違いが存在します。

なぜ日本は遅れを取っているのか?構造的な3つの要因

日本の政策がEUに比べて慎重なアプローチを取らざるを得ない背景には、我が国のアパレル産業が抱える根深い構造的要因が存在すると考えられます。

1. サプライチェーンの複雑性と業界の分断

日本の繊維産業は、素材メーカー(川上)、生地・染色メーカー(川中)、アパレル・小売(川下)といった工程ごとにプレイヤーが細かく分断された水平分業型の構造が特徴です。この構造は各分野の専門性を高める一方で、業界全体としての意思決定を困難にしています。製品のライフサイクル全体にわたる情報を一元的に管理するトレーサビリティの確保は極めて難しく、これがEUのDPPのような仕組みを導入する上での大きな障壁となっています。

2. 「静脈産業(リサイクル)」のビジネスモデルの課題

使用済み衣類を回収し、選別・再資源化する「静脈産業」が、ビジネスとして成立しにくい経済的な課題も深刻です。

  • 素材の多様性: 現代の衣類は綿、ポリエステル、ポリウレタンなど多種多様な素材が混紡されており、これらを分離してリサイクルする技術はまだ発展途上です。
  • コスト問題: 高度な選別やリサイクルには多大なコストがかかり、再生された素材の価格が、新たに生産されるバージン材の価格を上回ってしまう「逆有償」の状態が常態化しています。これでは、リサイクル事業への投資は進みません。

3. 政策決定における消費者と生産者の力学

環境省の委員として政策決定のプロセスに関わる中で感じるのは、規制強化に対する慎重論の根強さです。安価で流行の製品を求める消費者ニーズに応えようとする企業の経済活動と、それによって支えられている雇用。これらを考慮すると、厳しい規制導入は企業の国際競争力を削ぎ、経済全体に悪影響を及ぼしかねないという懸念が常に存在します。この消費者、生産者、そして政策当局の三者間の複雑な力学が、大胆な政策転換を難しくしている一因であると考察されます。

環境省委員からの提言:日本が世界で勝つための処方箋

では、日本はこのまま周回遅れで良いのでしょうか。私はそうは思いません。日本の強みを活かした独自のサーキュラーエコノミーモデルを構築することで、世界をリードするポテンシャルは十分にあると考えます。以下に具体的な3つの処方箋を提言します。

1. 「日本版デジタル製品パスポート」の段階的導入

EUのDPPを模倣するのではなく、日本の産業構造に合った形で段階的に導入することを提案します。

  • ステップ1(企業間連携): まずは企業間の情報連携基盤として、素材情報や化学物質情報を共有するBtoBのパスポートを構築します。
  • ステップ2(消費者への開示): 次に、リサイクル方法や修理情報など、消費者の行動変容を促す情報に絞って開示を進めます。日本の強みである高品質な素材開発技術や厳格な品質管理能力をアピールするツールとしても活用できるはずです。

2. 動静脈連携による回収・リサイクルシステムの社会インフラ化

アパレル企業(動脈産業)とリサイクル企業(静脈産業)の連携を強化し、回収から再資源化までの流れを社会インフラとして整備する必要があります。

  • 政策的支援: EPR制度の導入を視野に入れつつ、まずはリサイクル技術開発や設備投資に対する補助金、税制優遇といったインセンティブを強化します。
  • 回収システムの拡充: 消費者が参加しやすいよう、コンビニエンスストアや駅など、生活動線上に回収拠点を増やす官民連携の取り組みが不可欠です。

3. 「リユース市場」のさらなる活性化と国際競争力強化

日本の強みとして特筆すべきは、活発なリユース市場の存在です。最新の調査では、2025年に向けて市場規模が3.5兆円に達するとの予測もあります。この巨大な市場は、サーキュラーエコノミーの重要な受け皿です。

  • 品質基準の確立: 「ジャパンクオリティ」として世界的に評価の高い日本のリユース品。その品質を担保するための鑑定・格付け基準を官民で策定し、信頼性をさらに高めるべきです。
  • 輸出産業化: アジア諸国を中心に、高品質な日本の中古衣料への需要は高まっています。効率的な物流網と品質管理体制を確立している企業、例えばNIPPON47のような企業の取り組みは、リユースを日本の新たな輸出産業として育成する上で重要なモデルケースとなり得ます。

よくある質問(FAQ)

Q: 日本の衣類リサイクル率はなぜ低いのですか?

A: 主な理由として、①多種多様な素材が混紡されており分別・リサイクルが技術的に難しいこと、②回収された衣類を再資源化するコストが新品の素材より高くなる経済的な課題、③自治体ごとに回収ルールが異なり、統一された効率的な回収システムが未整備であること、などが挙げられます。

Q: デジタル製品パスポート(DPP)とは何ですか?

A: 製品に付けられたQRコードなどを通じて、原材料の調達先、製造工程、リサイクル方法といったライフサイクル全体の情報を、消費者やリサイクル業者が電子的に確認できる仕組みです。EUが導入を進めており、製品の透明性を高め、サーキュラーエコノミーを促進する鍵とされています。

Q: 拡張生産者責任(EPR)とはどういう意味ですか?

A: 生産者が、自社製品の製造・販売段階だけでなく、使用後に廃棄・リサイクルされる段階まで責任を負うという考え方です。企業がリサイクル費用を負担することになるため、製品を設計する段階からリサイクルしやすい素材や構造を選ぶインセンティブが働き、環境負荷の低減につながると期待されています。

Q: フランスのように、日本でも売れ残りの廃棄は禁止されますか?

A: 2026年1月現在、日本ではフランスのような法的な廃棄禁止令はありません。しかし、環境省や経済産業省は企業の自主的な廃棄削減を強く推奨しており、今後の重要な政策課題として議論されています。社会的な要請が高まれば、将来的に法制化される可能性も考えられます。

Q: 消費者として、サステナブルファッションのために何ができますか?

A: まずは今持っている服を長く大切に着ることが最も重要です。購入する際は、リサイクル素材を使った製品や長く使えるデザインのものを選びましょう。不要になった服はごみとして捨てずに、自治体の資源回収や、アパレルブランドが実施している回収プログラム、フリマアプリなどを活用してリユース・リサイクルに回すことが具体的なアクションになります。

まとめ

「日本のファッション政策は周回遅れか?」という問いに対し、現状では「はい、特に政策の法的拘束力という点において、EUから大きく遅れを取っている」と言わざるを得ません。

しかし、悲観する必要はありません。日本には、世界に誇る高品質な素材技術、活発なリユース市場、そして勤勉な国民性という強みがあります。これらを活かし、官民が連携して「日本ならではのサーキュラーエコノミー」を構築することができれば、この遅れを取り戻し、新たな成長軌道を描くことは十分に可能です。ファッションの未来は、私たち一人ひとりの選択と、社会全体のシステム変革にかかっています。本稿が、その一歩を踏み出すための羅針盤となれば幸いです。