執筆者:田中 美穂(株式会社サステナブル・ファッション・ラボ 代表取締役 / 早稲田大学商学学術院 客員研究員)
近年、ファッション業界における環境影響への関心が高まる中、「新品」と「古着」の選択が重要な意味を持つようになっています。しかし、その環境負荷の違いを具体的な数値で理解している方は少ないのではないでしょうか。
本稿では、サステナブルファッション研究の専門家として、製品の生涯にわたる環境影響を評価する「ライフサイクルアセスメント(LCA)」の手法を用い、コットンTシャツ1枚が誕生から廃棄されるまでの環境負荷を徹底比較します。データに基づき、「新品を買わない」という選択がもたらす真のインパクトを可視化し、持続可能なファッションの未来に向けた私たち一人ひとりの役割を考察します。
目次
ライフサイクルアセスメント(LCA)とは?ファッションにおける重要性
LCAの基本概念:「ゆりかごから墓場まで」を評価する手法
ライフサイクルアセスメント(Life Cycle Assessment: LCA)とは、ある製品が原料として地球から採取されてから、製造、使用、そして最終的に廃棄されるまでの全段階、すなわち「ゆりかごから墓場まで」を通じて、環境にどの程度の影響を与えているのかを定量的に評価する国際的な手法です。
あいまいな「エコ」という言葉ではなく、科学的根拠に基づいて環境負荷を客観的に判断するための重要なツールと位置づけられています。
なぜ今、ファッション業界でLCAが注目されるのか
ファッション産業は、その華やかなイメージとは裏腹に、環境への負荷が極めて大きい産業の一つです。国連貿易開発会議(UNCTAD)は、ファッション業界を世界で2番目に環境を汚染している産業と指摘しています。参考: 環境省説明資料
- 温室効果ガス排出: 世界の温室効果ガス排出量のうち、ファッション産業は国際航空業界と海運業界を合わせた量よりも多い割合を占めるとも報告されています。
- 水消費と水質汚染: 繊維の生産(特に綿花栽培)や染色工程では膨大な水資源が消費され、世界の工業用水汚染の約20%は繊維の染色と処理に起因するとされています。
- 廃棄物問題: 大量生産・大量消費のサイクルにより、手放される衣類の多くが焼却・埋め立て処分されているのが現状です。
このような背景から、企業のESG経営やサステナビリティへの取り組みが世界的に加速する中で、自社の製品やサプライチェーンが環境に与える影響をLCAによって「見える化」し、具体的な削減目標を設定することが不可欠となっています。
【新品TシャツのLCA】1枚が環境に与える負荷の数値分析
新品のコットンTシャツ1枚が私たちの手に届くまで、そしてその生涯を終えるまでに、どれほどの環境負荷を生み出しているのでしょうか。LCAの各段階に沿って具体的な数値を見ていきましょう。
原料調達〜製造:膨大な水とエネルギーを消費するプロセス
製品ライフサイクルの中で、環境負荷が最も集中するのがこの「原料調達〜製造」段階です。
- 水消費量: コットンTシャツ1枚の製造には、約2,700リットルの水が必要とされています。これは、一人の人間が飲む水の量に換算すると数年分に相当し、その大部分が原料である綿花の栽培で消費されます。
- CO2排出量: 環境省の調査によれば、服1着を生産するにあたり排出されるCO2は約25.5kgと推計されています。この排出量の大部分は、原料の栽培や収穫、そしてエネルギー集約的な紡績、染色、縫製といった製造プロセスで発生します。
【表1】新品コットンTシャツ1枚の主な環境負荷(原料調達〜製造段階)
| 環境負荷項目 | 推計値 | 主な発生源 |
|---|---|---|
| 水消費量 | 約2,700リットル | 綿花栽培、染色・加工 |
| CO2排出量 | 約25.5kg | 肥料・農薬製造、機械利用、工場の電力消費 |
輸送〜販売:グローバルサプライチェーンがもたらす影響
現代のファッション産業は、綿花の栽培国、糸を紡ぐ国、生地を織る国、縫製する国、そして最終的に消費される国がそれぞれ異なる、極めてグローバルで複雑なサプライチェーンに依存しています。この長距離にわたる輸送プロセスにおいても、船舶や航空機から相当量のCO2が排出されます。
私自身、前職の大手商社でファッション事業に携わっていた経験から、このサプライチェーンの複雑性が環境負荷を増大させる一因となっていることを実感しています。
使用〜廃棄:見過ごされがちな消費者段階の負荷
製品が消費者の手に渡った後も、環境負荷は発生し続けます。Gap Inc.が実施したLCAの事例では、消費者による洗濯・乾燥が、製品ライフサイクル全体で最大のCO2排出要因であることが示されています。
- 洗濯・乾燥: 洗濯機や乾燥機の使用による電力消費、洗剤による水質汚染。
- マイクロファイバー: 特にポリエステルなどの化学繊維は、洗濯時に微細なプラスチック繊維(マイクロファイバー)を排出し、海洋汚染の原因となります。
- 廃棄: 日本では、手放された衣類の約66%が焼却または埋め立て処分されています。焼却時には当然ながらCO2が排出されます。
【古着TシャツのLCA】リユースが削減する環境負荷の定量的効果
一方で、古着(リユース品)を選択することは、環境負荷を劇的に削減する効果があります。
「新品の製造回避」がもたらす圧倒的な削減効果
古着を1枚購入するという行為は、新品Tシャツ1枚分の「原料調達〜製造」プロセスを丸ごと回避することを意味します。これにより、前述した約2,700リットルの水消費と、ライフサイクル全体で最も大きい約25.5kgのCO2排出量をほぼゼロにすることができるのです。これはリユースがもたらす最大の環境メリットと言えるでしょう。
古着のライフサイクルで発生する環境負荷とは?
もちろん、古着の流通にも環境負荷は伴います。回収、選別、洗濯、店舗への輸送、店舗運営などでエネルギーは消費されます。しかし、その負荷は新品の製造プロセスと比較すると、ごくわずかです。
ある研究では、新品のTシャツの着用1回あたりのCO2排出量が58.9g-CO2であるのに対し、古着は19.6g-CO2となり、約67%も削減されるというデータも示されています。
数値で見るインパクト:もし1,000万人が新品の代わりに古着を選んだら
個人の選択が集まることで、社会全体に大きなインパクトを与えます。環境省は、服1着が廃棄されずに再利用されることで、約0.5kgのCO2が削減されると試算しています。
仮に1,000万人が新品のTシャツを買う代わりに古着を選ぶとすれば、単純計算で約5,000トンものCO2排出を抑制できる可能性があるのです。個人の消費行動が持つ力を軽視することはできません。
専門家による考察:LCAデータから私たちが選択すべき行動
これらのLCAデータ分析から、持続可能なファッションを実現するために私たちが取るべき行動について、以下の点が重要であると考えられます。
1. 「所有」から「利用」へ:サーキュラーエコノミーの視点
LCAの観点から最も効果的なのは、新品の生産量を抑制することです。そのためには、社会全体が「所有」を前提としたリニア(直線型)経済から、資源を循環させ続ける「利用」を前提としたサーキュラーエコノミー(循環型経済)へと移行する必要があります。
リユース市場の活性化は、その移行を支える重要な鍵となります。単に古着を買うだけでなく、不要になった服を適切に手放し、次の利用者へとつなぐ「循環」の意識が不可欠です。
2. 着用回数を増やすことの重要性
LCAにおいて、1回あたりの環境負荷を最も効果的に下げる方法は、衣服の寿命を延ばし、着用回数を増やすことです。ある査読付きのLCA研究によれば、衣服の着用回数を平均的な109回から400回に増やすと、環境負荷を49〜68%も削減できることが示されています。
新しい服を買う前に、今持っている服をもう一度着られないか考える。このシンプルな行動が、実は最もインパクトの大きいサステナブルなアクションなのです。
3. 企業と消費者に求められる役割と連携
企業には、LCAに基づいた製品設計(リサイクルしやすい単一素材の採用など)や、修理・修繕(リペア)サービスの拡充、リユースを促進するビジネスモデルへの転換が求められます。消費者は、購入時に製品の背景を考慮し、購入後は責任を持って長く利用し、適切に手放すことが重要です。
企業による透明性の高い情報開示と、それに基づき消費者が賢い選択をすることが、業界全体の変革を促す両輪となります。
よくある質問(FAQ)
Q: Tシャツ1枚を焼却処分すると、どれくらいのCO2が出ますか?
A: 環境省のデータによると、服1着が廃棄されずに再利用されることで約0.5kgのCO2が削減されると試算されています。逆に言えば、焼却により同等以上の負荷が発生すると考えられます。素材や焼却施設の効率によって変動しますが、廃棄は環境負荷を伴う最終手段と認識することが重要です。
Q: オーガニックコットンTシャツなら環境に良いのでしょうか?
A: オーガニックコットンは、栽培段階で農薬や化学肥料を使用しないため、土壌汚染や水質汚染のリスクは低減されます。ある調査では、一般綿と比較して農業用水を91%、消費エネルギーを62%削減するという結果も出ています。しかし、LCA全体で見ると、水の使用量が多い点や、その後の染色・加工・輸送プロセスの負荷は残ります。リユース品と比較した場合、依然として新品の製造負荷は大きいため、「オーガニックコットンの古着」がより望ましい選択肢と言えるでしょう。
Q: ポリエステルとコットンでは、どちらが環境負荷が低いですか?
A: これは非常に複雑な問題であり、一概にどちらが優れているとは言えません。コットンは水消費量が膨大ですが、ポリエステルは化石燃料を原料とし、洗濯時にマイクロプラスチックを排出するという異なる問題があります。LCAは多角的な評価手法であり、CO2排出量、水消費、生態系への影響など、どの指標を重視するかで評価が変わる可能性があります。素材の特性を理解し、どちらの素材であっても長く使うことが最も重要です。
Q: 日本の衣類リサイクル率はどのくらいですか?
A: 日本の衣類のリユース・リサイクル率は合わせて約34%程度とされていますが、その多くは海外でのリユースや工業用ウエス(雑巾)へのリサイクルです。再び衣服として国内で循環する割合はまだ低いのが現状です。手放された衣類の約66%は焼却・埋立処分されています。
Q: 企業はどのようなLCAの取り組みをしていますか?
A: 先進的な企業では、自社製品のLCAを実施し、環境負荷をウェブサイトなどで公開する動きが始まっています。例えば、日本のブランドCFCLは、全品番のLCA算出を達成し、カーボンニュートラルに向けた削減目標を掲げています。このような情報開示は、消費者が賢い選択をするための重要な指標となります。
まとめ
本稿では、LCAという科学的な指標を用いて、Tシャツ1枚のライフサイクルにおける環境負荷を新品と古着で比較しました。データは明確に、古着を選択することが水資源の保全やCO2排出削減に絶大な効果をもたらすことを示しています。
しかし、最も重要なメッセージは、単に「古着を買う」ことだけではありません。
- 今ある服を大切に、1回でも多く着ること。
- そして、不要になった服はゴミではなく資源として循環させること。
私たち一人ひとりの意識と行動が、ファッション業界を持続可能な未来へと導く最大の力となるのです。この記事を読んで、ご自身のクローゼットを見直してみませんか?まずは今持っているTシャツを、この夏もう一度大切に着ることから始めてみましょう。そして、次に服が必要になった時は、お近くの古着店やオンラインのリユースサービスを覗いてみてください。あなたの小さな選択が、未来の地球にとって大きな一歩となります。



