近年、サステナブルファッションへの関心が高まり、古着を再利用(リユース)することが環境に優しい選択肢として広く認識されています。しかし、その裏側で、特にポリエステルをはじめとする合成繊維製の古着が、新たな環境問題を引き起こしている可能性はあまり知られていません。それは、洗濯のたびに発生する「マイクロファイバー」による海洋汚染です。
こんにちは、サステナブルファッション研究者の田中美穂です。ロンドン芸術大学でファッションビジネスを学び、現在は株式会社サステナブル・ファッション・ラボの代表として、循環型ファッション経済の構築に取り組んでいます。
本記事では、データと事実に基づき、ポリエステル製古着の輸出がもたらすマイクロファイバー汚染の深層に迫り、持続可能なファッションの未来を皆さんと一緒に考えていきたいと思います。
一目でわかる!この記事の要約図解

目次
洗濯から始まる見えない汚染:マイクロファイバー問題の実態
私たちのクローゼットに当たり前のように存在するフリースやスポーツウェア。その多くはポリエステルなどの合成繊維から作られています。これらの衣類は、洗濯時の摩擦によって、目に見えないほど微細な繊維の破片、すなわち「マイクロファイバー」を放出します。これが、マイクロプラスチック汚染の大きな原因の一つとなっているのです。
マイクロファイバーとは何か?その発生メカニズム
マイクロファイバーは、直径が数マイクロメートル(1マイクロメートルは1mmの1000分の1)という極めて小さな繊維状のプラスチックです。ポリエステルやナイロン、アクリルといった合成繊維は、その構造上、洗濯機の中で他の衣類と擦れ合う物理的な力によって、容易に繊維が抜け落ちてしまいます。
その放出量は決して少なくありません。ある研究によれば、ポリエステル製の衣類一着を一度洗濯するだけで、最大で150万本ものマイクロファイバーが放出される可能性があると報告されています。国連環境計画(UNEP)の報告では、1回の洗濯で70万本のマイクロファイバーが流出するとも指摘されており、その影響の大きさがうかがえます。
世界規模で進行する汚染の深刻さ
こうして家庭の洗濯機から排出されたマイクロファイバーは、下水処理施設へと流れ着きます。しかし、そのあまりの小ささから、多くは処理施設をすり抜けて河川や海へと到達してしまいます。UNEPの推計によると、世界の衣類洗濯によって毎年約150万トンのマイクロファイバーが下水に流出し、そのうち回収されるのはわずか20%以下に過ぎません。
最終的に海洋へ流出するマイクロファイバーは、世界全体で年間約50万トンにも上ると言われています。これは、石油300万バレルに相当する量であり、海洋プラスチック汚染の深刻な一因となっています。海洋に流出したマイクロファイバーは、有害な化学物質を吸着しやすく、それをプランクトンや小魚が摂取することで、食物連鎖を通じて生態系全体に悪影響を及ぼすことが懸念されています。私たちの食卓に並ぶ魚介類にも、マイクロファイバーが蓄積している可能性は否定できません。
ポリエステル製古着輸出がもたらす二重の環境負荷
環境負荷の少ない選択肢として注目される古着のリユースですが、ポリエステルなどの合成繊維製品が国境を越えるとき、問題はさらに複雑化します。国内でのマイクロファイバー汚染に加え、輸出先での環境負荷という「二重の問題」が浮かび上がってくるのです。
日本における古着の流通実態
まず、日本国内の衣類の現状を見てみましょう。環境省の調査によると、2022年に国内で供給された衣類は79.8万トンに上ります。その一方で、1年間に手放される衣類は約73万トン。このうち、実に64.3%が可燃ごみや不燃ごみとして廃棄されています。リユース(再利用)されるのはわずか19%で、その多くが古着として国内外の市場に流通したり、海外へ輸出されたりしています。
| 項目 | 数量(万トン) | 割合 | 詳細 |
|---|---|---|---|
| 国内供給量 | 79.8 | 100% | 2022年に新たに市場に供給された衣類の総量。 |
| 手放される量 | 73.0 | – | 1年間で使用されなくなった衣類の総量。 |
| 廃棄量 | 47.0 | 64.3% | 可燃ごみ・不燃ごみとして焼却・埋め立て。 |
| リユース量 | 13.9 | 19.0% | 古着としての販売や海外輸出など。 |
| リサイクル量 | 12.1 | 16.7% | 産業用ウエス(工業用雑巾)や断熱材への再資源化。 |
このデータが示すように、手放された衣類の一部は確かにリユースされていますが、その多くは国内で消費されるのではなく、海外、特に開発途上国へと輸出されているのが実情です。
輸出先で繰り返される洗濯サイクル
古着の主な輸出先であるガーナやケニア、チリといった国々では、日本を含む先進国から送られてきた大量の古着が市場に溢れています。しかし、そのすべてが現地で歓迎されているわけではありません。西アフリカのガーナにある世界最大級の古着市場「カンタマント市場」では、毎週1,500万点もの古着が流入しますが、そのうち約40%は品質が低すぎる、あるいは現地の気候や需要に合わないといった理由で商品にならず、最終的に廃棄されていると推定されています。
さらに深刻なのは、南米チリのアタカマ砂漠の現状です。ここは「ファストファッションの墓場」とも呼ばれ、年間約3万9000トンもの衣類が不法に投棄され、広大な砂漠を覆い尽くしています。これらの衣類の多くは、ポリエステルなどの合成繊維でできており、自然分解されることはありません。
問題は廃棄だけにとどまりません。現地で販売され、人々の手に渡ったポリエステル製の古着は、当然ながら洗濯されます。しかし、これらの国々の多くは、マイクロファイバーを十分に除去できる高度な下水処理インフラが整備されていません。結果として、先進国で発生するよりもさらに多くのマイクロファイバーが、現地の河川や海洋へと直接流れ込み、環境汚染を深刻化させているのです。これは、環境負荷の「転嫁」に他なりません。良かれと思って始めたリユースが、意図せずして輸出先の環境を脅かすという、皮肉な現実がここにあります。
「エコ」の皮肉:リサイクルポリエステルが抱える矛盾
環境問題への関心の高まりを受け、ファッション業界ではペットボトルなどをリサイクルして作られる「リサイクルポリエステル」の利用が急速に広がっています。Adidas、H&M、Puma、Patagoniaといった多くの大手ブランドが、持続可能性への取り組みの柱として、バージンポリエステルからリサイクルポリエステルへの転換を進めてきました。しかし、この「エコ」なはずの選択が、実はマイクロファイバー汚染をさらに悪化させる可能性があるという、衝撃的な研究結果が報告されています。
最新研究が明らかにした衝撃の事実
2025年12月、Changing Markets Foundationが発表した研究は、業界に大きな波紋を広げました。この研究によると、リサイクルポリエステル製の衣類は、新品のバージンポリエステル製のものと比較して、洗濯時に平均で55%も多くのマイクロプラスチック汚染粒子を生成することが明らかになったのです。
さらに、放出される繊維の形状にも違いが見られました。リサイクルポリエステルの繊維は、平均長が0.42mmと、バージンポリエステルの0.52mmに比べて短く、より微細化していることが判明しました。繊維が小さいほど、環境中に拡散しやすく、生物の体内にも取り込まれやすくなるため、環境や生態系へのリスクが高まることを意味します。
この研究では、主要な5つのブランド(Adidas, H&M, Nike, Shein, Zara)の製品をテストしており、特にNikeのリサイクルポリエステル製品は、1グラムあたり平均30,000本以上という、他ブランドを大きく上回る量のマイクロファイバーを放出していたことも報告されています。詳しくはChanging Markets Foundationのレポートで詳細を確認できます。
| ブランド | 素材 | 平均マイクロファイバー放出量(本/g) |
|---|---|---|
| Nike | リサイクルポリエステル | > 30,000 |
| H&M | リサイクルポリエステル | 約8,000 |
| Zara | リサイクルポリエステル | 約4,000 |
| Nike | バージンポリエステル | 約10,000 |
| H&M | バージンポリエステル | 約7,000 |
なぜリサイクル素材の方が汚染度が高いのか
なぜ、環境に良いとされるリサイクル素材が、より多くのマイクロファイバーを放出してしまうのでしょうか。その主な原因は、リサイクルのプロセスそのものにあります。
ペットボトルなどを衣類の繊維に再生する過程で、プラスチックは熱や化学薬品による処理、そして物理的な延伸を何度も繰り返されます。このプロセスが、繊維の分子構造にダメージを与え、結果として繊維を脆く、切れやすくしてしまうのです。つまり、リサイクルによって生まれた繊維は、新品の繊維に比べて強度が低く、洗濯時のわずかな摩擦でも容易に細かく砕け、マイクロファイバーとして流出しやすくなる、というわけです。
この事実は、リサイクルポリエステルを「サステナブルな解決策」として全面的に打ち出すファッション業界の姿勢に、大きな疑問を投げかけます。良心的な消費者の選択が、意図せずして環境問題を悪化させる可能性があるという現実は、「グリーンウォッシュ」(環境配慮を装う見せかけの訴求)の危険性を浮き彫りにしています。
国際社会の動きと技術革新の最前線
マイクロファイバー汚染と古着の廃棄問題が深刻化する中、国際社会もようやく重い腰を上げ始めました。欧米を中心に法規制の整備が進むと同時に、問題解決に向けた画期的な技術開発も登場しています。
規制強化の動向
これまで野放しに近かったファッション業界の環境負荷に対し、各国で具体的な規制が導入され始めています。特にEUの動きは活発で、世界の潮流をリードしています。
| 国・地域 | 規制・政策 | 内容 | 時期 |
|---|---|---|---|
| EU | アパレル廃棄禁止規則 | 売れ残った衣類や履物の廃棄を原則禁止。 | 2026年7月施行予定 |
| EU | 衣類分別回収義務化 | 全加盟国で繊維製品の分別回収を義務化。 | 2025年〜 |
| 米国(オレゴン州) | 繊維対策法案 | 洗濯機にマイクロファイバーを捕捉するフィルターの設置を義務化。 | 2030年1月〜 |
| 日本 | 環境配慮設計ガイドライン | 事業者に対し、製品のライフサイクル全体を考慮した設計を促進。 | 2024年3月策定 |
これらの規制は、製品の設計段階から廃棄まで、ライフサイクル全体での責任を企業に求めるものであり、業界のビジネスモデルそのものに変革を迫るものです。特に、EUが2025年から義務化する繊維製品の分別回収は、リユース・リサイクルの質を向上させる上で重要な一歩と言えるでしょう。日本の「環境配慮設計ガイドライン」も、今後の製品開発における重要な指針となります。詳細は環境省のウェブサイトで確認できます。
革新的な技術開発
規制と並行して、汚染を根本から断つための技術開発も進んでいます。2026年1月、ドイツのボン大学の研究チームが発表した「自己洗浄型マイクロプラスチックフィルター」は、その最たる例です。
このフィルターは、魚のエラが効率的にプランクトンを濾し取るメカニズムから着想を得ており、洗濯機の排水に含まれるマイクロファイバーを99%以上という高い効率で捕捉することができます。さらに、従来のフィルターの課題であった「目詰まり」を、特殊な構造によって克服している点も画期的です。研究チームは、この技術を洗濯機に組み込むことで、消費者が容易にマイクロファイバーを回収し、適切に処分できる未来を描いています。
このような技術革新は、マイクロファイバー問題に対する極めて有効な解決策となり得ます。今後の実用化と普及に大きな期待が寄せられます。
サーキュラーファッション実現への道筋
マイクロファイバー汚染やリサイクル素材の矛盾は、小手先の対策ではサステナブルファッションを実現できないという厳しい現実を突きつけています。真の循環型経済(サーキュラーエコノミー)を構築するためには、より本質的で多角的なアプローチが不可欠です。
真の循環型経済に必要な視点
問題の根本は、大量生産・大量消費・大量廃棄を前提としたリニア(直線型)な経済システムそのものにあります。リサイクルポリエステルのように、単一の素材を別のものに置き換えるだけでは、システム全体の構造が変わらない限り、また別の問題を生み出すことになりかねません。重要なのは、製品の企画・設計段階から、使用、回収、再資源化に至るまでのライフサイクル全体を俯瞰し、環境負荷を最小化する視点です。
それは、単に「長く使える」だけでなく、リサイクルしやすいように「分解しやすい」設計や、そもそも廃棄物を出さない「ゼロウェイスト」の思想を取り入れることを意味します。ファッション業界は、これまでの「量」を追求するビジネスモデルから、製品やサービスの「質」と「価値」を高める方向へと、大きく舵を切る必要があります。
ステークホルダーそれぞれの役割
この変革は、特定の誰かだけの努力で成し遂げられるものではありません。企業、消費者、そして政府・行政がそれぞれの立場で役割を果たし、連携することが不可欠です。
| ステークホルダー | 求められるアクション |
|---|---|
| 企業 | – 環境配慮設計: 耐久性が高く、リサイクルしやすい製品の設計・開発。 – 生産量の適正化: 過剰生産を抑制し、需要に基づいた生産計画を徹底。 – 情報開示: 製品の素材、生産過程、環境負荷に関する透明性の高い情報提供。 – 回収システムの構築: 使用済み製品の回収・再資源化プロセスの確立。 |
| 消費者 | – 意識的な購入: 本当に必要なものだけを、品質や背景を考慮して購入する。 – 適切なケア: 衣類を長く着用するための、正しい洗濯や保管方法の実践。 – 洗濯方法の工夫: 洗濯ネットの使用や、マイクロファイバーの流出を抑える洗濯機の選択。 – 責任ある手放し方: 自治体のルールに従った分別や、信頼できる回収サービスへの持ち込み。 |
| 政府・行政 | – 規制とインセンティブ: 企業の環境配慮を促進する法規制や、サステナブルな消費を後押しする政策の導入。 – インフラ整備: 高度な分別・リサイクルを可能にする社会インフラへの投資。 – 国際連携: 古着の輸出入に関する国際的なルール作りや、開発途上国への技術支援。 – 消費者教育: 環境問題やサステナブルな選択肢に関する啓発活動の推進。 |
古着輸出の在り方を問い直す
そして、グローバルな視点では、古着輸出の在り方そのものを見直す時期に来ています。善意のリユースが、結果的に開発途上国への「廃棄物の押し付け」とならないよう、輸出先の処理能力や現地のニーズを十分に考慮した、責任ある取引が求められます。品質基準を明確にし、トレーサビリティ(追跡可能性)を確保することで、どの衣類がどこで、どのようにリユース・リサイクルされているのかを可視化する仕組みも必要不可欠です。真のグローバル・パートナーシップに基づいた、公正で持続可能な資源循環の構築が急務と言えるでしょう。
まとめ
本記事では、ポリエステル製古着の輸出と、それに伴う洗濯時のマイクロファイバー汚染という、これまであまり光が当てられてこなかった問題の深層を掘り下げてきました。環境に優しいはずのリユースが、見えない汚染を国境の向こう側で拡大させている可能性、そして「エコ」の象徴であったリサイクルポリエステルが、実は汚染を加速させるという皮肉な現実。これらの事実は、私たちが「サステナブル」という言葉を、より慎重に、そして多角的に捉える必要があることを教えてくれます。
真のサーキュラーファッションを実現する道は、決して平坦ではありません。それは、単一の解決策に頼るのではなく、製品のライフサイクル全体を見渡し、企業、消費者、政府が三位一体となって、生産、消費、廃棄のシステムそのものを変革していく、地道で包括的な取り組みを必要とします。この記事が、皆さんのクローゼットの中にある一着の服と、その向こう側にある地球環境とのつながりについて、改めて考えるきっかけとなれば幸いです。持続可能な未来は、私たち一人ひとりの意識と選択の先にこそ、描かれるのですから。



