2025年6月10日、フランス上院でひとつの法案が賛成337票、反対わずか1票という圧倒的多数で可決されました。「ウルトラファストファッション規制法」と呼ばれるこの法案は、SHEINやTemuといった中国発の超低価格ECプラットフォームの広告を全面的に禁止し、製品に環境課徴金を課すという、世界でも前例のない内容を含んでいます。
サステナブルファッション研究者の田中美穂です。慶應義塾大学環境情報学部を卒業後、ロンドン芸術大学でファッション・ビジネスを学びました。現在は株式会社サステナブル・ファッション・ラボの代表として大手アパレル企業のサステナビリティ戦略に携わりながら、環境省「サステナブルファッション推進委員会」の委員も務めています。欧州での研究・勤務経験があるからこそ、このフランスの動きが「対岸の火事」ではないことを強くお伝えしたいのです。
この記事では、フランスのファストファッション広告規制法の全容を解説したうえで、EU全体に広がる繊維製品規制の波、そしてこれらの動きが日本のアパレル市場にどのような影響を及ぼすのかを、データと事実に基づいて分析していきます。

目次
フランス「ウルトラファストファッション規制法」の全容
まず、この法案がどのような内容なのかを正確に把握しておきましょう。
法案成立までの経緯
フランスのファストファッション規制は段階的に強化されてきました。まず2022年1月に「衣類廃棄禁止法」が施行され、企業は売れ残った新品衣料品の焼却・廃棄が禁止されました。寄付またはリサイクルが義務付けられたこの法律は、その後の規制強化の土台となっています。
そして2024年3月14日、フランス国民議会(下院)が「ウルトラファストファッション規制法案」を全会一致で可決。さらに2025年6月10日、上院が修正版を337対1という圧倒的多数で可決しました。Euronewsの報道によると、法案は今後9月に予定される上下院合同委員会での調整を経て、欧州委員会への通知と承認を受ける必要があります。
3つの柱 ── 広告禁止・環境課徴金・情報開示
この法案の核心は、大きく3つの柱で構成されています。
| 規制の柱 | 内容 | 施行時期 |
|---|---|---|
| 広告の全面禁止 | ウルトラファストファッションの直接・間接的な広告を禁止。SNS広告、インフルエンサーマーケティングも対象 | 2026年1月~ |
| 環境課徴金(エコタックス) | 環境負荷の高い商品に1点あたり最大5ユーロの課徴金。2030年までに最大10ユーロに引き上げ(販売価格の50%が上限) | 2025年~段階的に |
| 環境情報の表示義務 | CO2排出量、資源使用量、リサイクル可能性などの開示。エコスコアに基づく環境格付けの導入 | 法案成立後 |
特に注目すべきは広告禁止の範囲です。テレビやウェブ上の広告だけでなく、SNS上でのプロモーションやインフルエンサーによる宣伝行為も対象に含まれています。違反したインフルエンサーには最大10万ユーロ(約1,600万円)の罰金が科される可能性があり、ファッション業界のマーケティング手法そのものに大きな影響を与えることが予想されます。
「ウルトラファストファッション」とは何か ── 規制の線引き
ここで重要なのは、この法案が「すべてのファストファッション」を対象にしているわけではないという点です。
規制の対象となる「ウルトラファストファッション」は、毎日数千点もの新商品を投入し、極端な低価格と短い納期で大量販売するビジネスモデルを指します。具体的にはSHEIN、Temu、AliExpressといった中国発のECプラットフォームが主なターゲットです。SHEINは1日あたり数千点の新商品を投入すると言われており、このスピードは従来のファストファッションとは次元が異なります。
一方で、Zara、H&M、Kiabi(キアビ)といった欧州系のファストファッションブランドは、最も厳しい規制対象からは除外されています。この線引きについては「欧州ブランドの保護主義ではないか」という批判もありますが、商品投入スピードや価格帯の違いから区別されているというのがフランス政府の説明です。
フランスだけではない ── EU全体で進むファッション規制の波
フランスの動きは単独のものではありません。EU全体で、ファッション産業に対する環境規制が急速に強化されています。
ESPR(エコデザイン持続可能製品規則)の衝撃
2024年7月に発効した「エコデザイン持続可能製品規則(ESPR)」は、EU域内で販売されるほぼすべての製品に環境性能基準を課す包括的な規制です。繊維・アパレル製品は優先カテゴリに指定されており、特にインパクトの大きい規制として「未販売衣料品の廃棄禁止」が2026年7月19日から大企業に適用されます(中堅企業は2030年から)。
この規制の背景には深刻な数字があります。欧州では年間4~9%の未販売繊維製品が着用されることなく廃棄され、約560万トンのCO2が排出されていると推計されています。「作りすぎて、売れ残ったら捨てる」というビジネスモデル自体が、EUレベルで否定されつつあるのです。
デジタルプロダクトパスポート(DPP)の義務化
さらに注目すべきは、「デジタルプロダクトパスポート(DPP)」の導入です。ESPRの枠組みのもと、2027年には繊維製品へのDPP義務化が見込まれています。
DPPとは、製品ごとにQRコードなどを通じてアクセスできる電子的な「身分証明書」のようなものです。具体的には、素材構成、サプライチェーンの各段階の情報、CO2排出量や水使用量などの環境インパクト、労働環境などの社会インパクト、リサイクル可能性や修理のしやすさといった情報が含まれます。
消費者がスマートフォンでQRコードを読み取るだけで、その服がどこで、誰が、どのような素材で作り、どれだけの環境負荷を生んでいるかが分かるようになるのです。これはアパレル業界にとってのゲームチェンジャーであり、サプライチェーンの透明性が競争力に直結する時代の到来を意味しています。
フランスの先行規制が示す方向性
フランスは以前からEU域内での環境規制をリードしてきました。2022年1月に施行された「衣類廃棄禁止法」は、売れ残った新品衣料品の焼却・廃棄を禁止し、寄付またはリサイクルを義務付けるものでした。今回のウルトラファストファッション規制法は、その延長線上にあり、「廃棄の禁止」から「過剰生産の抑制」へと一歩踏み込んだ内容になっています。
こうしたフランスの先行規制は、しばしばEU全体の政策に波及してきた経緯があります。今回の法案がEU全体のモデルケースとなる可能性は十分にあるでしょう。
SHEINとTemuが席巻する日本市場の現実
ここで視点を日本に移しましょう。フランスの規制は遠い国の出来事のように感じるかもしれません。しかし、規制のターゲットとなっている企業は、日本市場でも急速にシェアを拡大しています。
急拡大する中国発ECプラットフォーム
SHEINの日本でのユーザー数は、2024年1月時点で839万人に達し、ユニクロのアプリユーザー数を超えたと報じられています。一方のTemuはさらに勢いがあり、2024年11月時点で月間アクティブユーザー数が3,100万人に到達し、日本のECプラットフォームとして4番目の規模にまで成長しました。
もっとも、トランスコスモスが実施した「世界8都市オンラインショッピング利用動向調査2025」によると、日本での中国発格安ECの利用率は23%で、ロンドン(70%)やロサンゼルス(63%)と比較するとまだ低い水準にとどまっています。言い換えれば、日本市場にはまだ伸びしろがあるということでもあり、これらのプラットフォームの日本での影響力は今後さらに拡大する可能性があります。
超低価格モデルが生む環境問題
SHEINやTemuの超低価格モデルは、「大量生産・大量消費・大量廃棄」の構造を加速させるリスクをはらんでいます。
環境省のサステナブルファッション特設ページが公開しているデータによると、日本では年間約48万トンの衣類が焼却・埋立処分されています。これは家庭から手放される衣類の約62%に相当します。国内の衣料品の新規供給量は年間約82万トンですが、そのうち約56万トンが廃棄されている計算です。
衣服1着を製造するのに排出されるCO2は約25.5kg、消費される水は約2,300リットルと推計されています。超低価格で「使い捨て」されやすい衣料品が大量に流入することで、こうした環境負荷がさらに拡大することが懸念されています。
日本のアパレル業界が今すぐ考えるべきこと
欧州の規制強化は、日本のアパレル業界にとって他人事ではありません。その影響は、直接的なものと間接的なものの両面から考える必要があります。
グローバル展開企業に迫るコンプライアンスリスク
まず、EU市場に製品を輸出しているグローバル展開企業にとって、ESPR対応は「選択肢」ではなく「義務」です。
ユニクロを展開するファーストリテイリングは、欧州各国に店舗を展開しており、ESPRが定めるDPP(デジタルプロダクトパスポート)への対応は避けられません。サプライチェーン全体の環境データを電子的に管理・開示するための体制構築には、相応のコストと時間が必要です。
しかし、これは単なるコスト増ではありません。DPP対応を通じてサプライチェーンの可視化が進めば、品質管理の精度向上やリスク管理の強化にもつながります。規制対応を「守りのコスト」ではなく「攻めの投資」と捉えられるかどうかが、企業の分かれ目になるでしょう。
日本独自の規制はどうなるのか
日本でもファッション産業の環境規制に向けた動きは進んでいます。環境省は「繊維製品における資源循環ロードマップ」を策定し、2030年度までに家庭から廃棄される衣類の量を2020年度比で25%削減する目標を掲げています。
ただし、フランスのような広告禁止や環境課徴金といった直接的な規制は、現時点では日本では議論されていません。日本の政策は「規制」よりも「啓発」や「自主的取り組みの促進」に重点を置いており、環境省のサステナブルファッション推進施策もその延長線上にあります。
しかし、EUの規制がグローバルスタンダードとして定着すれば、日本企業も事実上の対応を迫られることになります。EU域内で販売する企業はもちろん、グローバルなサプライチェーンに組み込まれている企業は、取引先からDPP対応やサステナビリティ情報の開示を求められる可能性が高いのです。
サステナブルファッションへの転換がビジネスチャンスになる理由
欧州の規制強化を「脅威」としてだけ捉えるのは、もったいないと考えています。むしろ、これはサステナブルファッションへの転換を加速させるチャンスです。
消費者のエシカル消費意識は着実に高まっています。消費者庁の調査では、エシカル消費の実践理由として「同じようなものなら環境・社会に貢献できるものを選びたい」と回答した人が53.3%にのぼります。環境配慮を前面に打ち出すことで、価格競争とは異なる軸でブランド価値を高められる可能性があります。
また、フランスの規制が示しているのは、「安さだけを武器にするビジネスモデルには限界がある」というメッセージです。サプライチェーンの透明化、素材のトレーサビリティ、製品の長寿命化といった取り組みは、短期的にはコストが発生しますが、中長期的にはブランドの信頼性と顧客ロイヤリティを強化する基盤となります。
私自身、サーキュラーファッションの研究を通じて、多くの企業がすでにこの方向に舵を切り始めていることを実感しています。リユース事業への参入、リペアサービスの提供、サブスクリプション型の衣料品レンタルなど、新しいビジネスモデルは着実に広がっています。
まとめ
フランスのウルトラファストファッション規制法は、ファッション産業の「安さ」と「スピード」を無制限に追求するビジネスモデルに対して、国家レベルで「ノー」を突きつけた歴史的な出来事です。
この法案は、広告の全面禁止、最大10ユーロの環境課徴金、環境情報の表示義務という3つの柱で構成されており、SHEINやTemuといったウルトラファストファッション企業のビジネスモデルに直接的な打撃を与えます。加えて、EU全体のESPR(エコデザイン持続可能製品規則)による未販売品の廃棄禁止やデジタルプロダクトパスポートの義務化が控えており、欧州全体でファッション規制が強化される方向は明確です。
日本のアパレル業界にとって、これらの動きは「対岸の火事」ではありません。グローバル展開企業はEU規制への直接的な対応を迫られ、国内市場でもSHEINやTemuの急拡大が環境問題を深刻化させる懸念があります。規制強化の波は、遠くない将来に日本にも到達するでしょう。
しかし、これを悲観的に捉える必要はありません。サステナビリティへの取り組みは、もはやコストではなく競争力の源泉です。欧州の規制の方向性を先取りし、環境配慮型のビジネスモデルへの転換を進めることが、日本のアパレル業界が次の10年を勝ち抜くための鍵になると、私は確信しています。


