執筆者:田中美穂(株式会社サステナブル・ファッション・ラボ 代表取締役 / 早稲田大学 商学学術院 客員研究員)
2026年1月、東京・渋谷の喧騒から少し離れた自身のリサーチオフィスで、私はファッション業界が迎えている新たな地殻変動の震源を見つめています。株式会社サステナブル・ファッション・ラボの代表として、また早稲田大学の客員研究員として、長年サステナブルファッションとサーキュラーエコノミーの最前線を追い続けてきました。その中で、近年最も注目しているのが、リユース市場の爆発的な成長と、その裏側で静かに進行するテクノロジー革命です。
リユース経済新聞の最新調査によると、日本のリユース市場規模は2024年に3兆2628億円に達し、2009年から15年連続での成長を記録しました。特に、衣料品や服飾品を含むリユースファッション市場は初めて1兆円の大台を突破し、その勢いはとどまるところを知りません。この成長は、単なる景気動向や消費者の節約志向だけでは説明できません。背景には、環境意識の高まり、所有から利用への価値観の変化、そして何よりも、これまでリユースの障壁となっていた「手間」や「不確実性」を解消するテクノロジーの存在があります。
その中核を担うのが、本稿で深掘りする人工知能(AI)を活用した自動査定システムです。かつては熟練の査定士が長年の経験と勘を頼りに行っていた価格決定プロセスが、今やAIによって数秒で、しかも高い精度で実行される時代が到来しつつあります。この変化は、単なる業務効率化にとどまらず、リユース業界のビジネスモデル、雇用、さらには消費者行動に至るまで、構造的な変革をもたらす巨大なインパクトを秘めています。
本記事では、サステナブルファッション研究者の視点から、AI査定システムがもたらす変革の深層を、最新のデータと国内外の事例を基に多角的に分析します。AIは査定士の仕事を奪う「脅威」なのでしょうか? それとも、業界を新たなステージへと導く「機会」なのでしょうか? この技術革新が、私たちの目指すサーキュラーファッションの実現にどう貢献するのか、その光と影を明らかにしていきます。
一目でわかる!この記事の要約図解

目次
3.3兆円市場の現実:データで読み解くリユース市場の成長と課題
AI査定システムのインパクトを理解するためには、まずその舞台となるリユース市場の現状を正確に把握する必要があります。前述の通り、2024年の市場規模は3兆2628億円に達し、15年連続の成長という驚異的な実績を上げています。これは、もはや一部の愛好家や節約志向の消費者だけのものではなく、日本の消費社会における主要な選択肢の一つとして確立されたことを意味します。
市場の成長を牽引しているのは、インバウンド需要の回復と物価上昇です。特に、円安を背景とした訪日観光客によるブランド品などの購入が活発化し、2024年のブランド品カテゴリーは前年比15.7%増の4230億円と大幅な伸びを記録しました。また、新品価格の上昇は、消費者の目を割安なリユース品へと向けさせており、経済的な合理性がリユース選択の強力な動機となっています。
しかし、この華々しい成長の裏で、業界は構造的な課題に直面しています。その一つが、これまで市場拡大の原動力であったフリマアプリなどCtoC(個人間取引)市場の成長鈍化です。2024年のCtoC市場の成長率は前年比1.4%増と微増にとどまり、市場の成熟と競争激化が浮き彫りになりました。出品の手間、個人間トラブルのリスク、価格交渉の煩わしさといったCtoC特有の課題が、利用者の拡大を阻む壁となっているのです。
さらに深刻なのが、人材不足と査定業務の属人化です。リユース業界は、一点ものの商品を扱うという特性上、商品の価値を正確に見極める査定士の存在が不可欠です。しかし、査定スキルは一朝一夕に身につくものではなく、熟練の査定士の育成には多大な時間とコストがかかります。結果として、多くの企業が人材不足に悩み、査定品質のばらつきが経営上のリスクとなっています。このような背景が、AIによる自動査定システムへの期待を急速に高めているのです。
| 市場データ(2024年) | 数値 | 前年比 | 備考 |
|---|---|---|---|
| リユース市場全体 | 3兆2628億円 | +4.5% | 15年連続成長 |
| リユースファッション市場 | 1兆622億円 | – | 初の1兆円突破 |
| ブランド品 | 4230億円 | +15.7% | インバウンド需要が牽引 |
| CtoC市場 | – | +1.4% | 成長が鈍化 |
この表からも分かるように、市場は成長を続けながらも、その構造は変化の時を迎えています。CtoC市場の成熟とBtoC(事業者対消費者)市場における人材課題。この二つの大きな潮流が交差する点に、AI査定システムがブレークスルーをもたらす可能性が秘められているのです。
査定士の「眼」を凌駕するのか?AI査定システムの技術革新
「AIが査定する」と聞くと、多くの人はまだSFの世界のように感じるかもしれません。しかし、その技術はすでに実用化の域に達し、驚異的なスピードで進化しています。ここでは、その技術の核心と、国内外の先進事例を見ていきましょう。
「画像認識」と「ダイナミックプライシング」がゲームを変える
AI査定システムの中核をなすのは、主に二つの技術です。一つは、商品の画像を解析してブランド、モデル、状態などを特定する画像認識技術。もう一つは、市場の需給バランスや取引データをリアルタイムで分析し、最適な価格を算出するダイナミックプライシングです。
この分野で国内をリードするのが、大手質屋の大黒屋です。同社は2024年に、スマートフォンで撮影した写真を送るだけで、数秒で査定額を提示する「AI写真査定技術」を発表しました。このシステムの強みは、約8年をかけて蓄積した50万点以上の独自の画像データと、世界中のオークションや小売データを組み合わせた膨大な教師データにあります。AIはこれらのデータを学習することで、人間では見逃しがちな細かなデザインの違いや、限定モデルといった希少性までを瞬時に見抜き、査定額に反映させることができるのです。
「鍵はデータのエラーを修正し正確性を高める“データクレンジング”。アナログでの蓄積がない会社、データの正しい入れ方=正規化の方法を知らない会社はデータクレンジングができません。アルゴリズム(計算手順)と現場の人の知識・知見を掛け合わせてAI学習用のデータを前処理した上で画像認識AIにデータを学習させ、ブランド品に特化した画像認識データベースを作成しています」
この言葉が示すように、AIの精度はデータの「量」だけでなく「質」に大きく依存します。長年の実店舗運営で培った「現場の知見」をデータに反映させることで、AIは単なる自動計算機ではなく、熟練査定士の「眼」に近づいていくのです。
世界で加速するAI化の波:海外の先進事例
目を世界に転じると、AIを活用したリユースプラットフォームが次々と登場し、市場を席巻しています。
アメリカの高級ハンドバッグ専門マーケットプレイスRebagは、その代表格です。同社が開発した「クレアAI(Clair AI)」は、スマートフォンのカメラでバッグを写すだけで、ブランドやモデルを即座に特定し、買取価格を提示します。驚くべきことに、同社の商品買取の実に80%がこのクレアAIによってカバーされていると言います。
フランス発のVestiaire Collectiveは、AIを真贋鑑定にも活用しています。ブランドロゴのフォント、縫製のピッチ、金具の刻印といった膨大なデータをAIに学習させ、人間の鑑定士と組み合わせることで、より高度な真贋判定システムを構築しています。
また、アメリカの巨大フリマアプリPoshmarkは、出品作業を自動化する「Smart List AI」を導入。売りたい商品の写真を1枚撮るだけで、AIがカテゴリー設定、タイトル、説明文の作成までを代行し、ユーザーの出品の手間を劇的に削減しています。
| プラットフォーム | 国 | AI技術の名称 | 主な機能 |
|---|---|---|---|
| 大黒屋 | 日本 | AI写真査定技術 | 画像認識、ダイナミックプライシング、数秒での価格提示 |
| Rebag | 米国 | クレアAI | ハンドバッグの即時認識・査定、買取の80%をカバー |
| ThredUp | 米国 | Style Match | ビジュアルサーチ、価格予測 |
| Vestiaire Collective | 仏国 | Value Estimator | 価格推定、真贋鑑定、ダイナミックプライシング |
| Poshmark | 米国 | Smart List AI | 出品情報の自動生成 |
これらの事例から明らかなように、AIはもはや単なる査定ツールではありません。真贋鑑定、需要予測、出品作業の自動化まで、リユースビジネスのあらゆるプロセスに浸透し、業界全体のゲームのルールを書き換えようとしているのです。
AIは完璧ではない:自動査定の精度と越えるべき壁
AI査定システムの進化は目覚ましいものがありますが、それは決して「万能」を意味するものではありません。その精度には依然として限界があり、人間の査定士が持つ専門性を完全に代替するには、まだいくつかの高い壁が存在します。
AI査定の光と影:効率化と「こぼれ落ちる価値」
AI査定の最大のメリットは、その圧倒的な効率性と標準化にあります。24時間365日、疲れることなく、感情に左右されることもなく、一定の基準で膨大な数の商品を処理できる能力は、人間には到底真似できません。これにより、事業者は査定コストを大幅に削減し、属人化による品質のばらつきを防ぐことができます。
しかし、その一方で、現在のAIには評価が難しい領域が存在します。例えば、以下のような要素です。
- デザインの希少性や芸術性
定番モデルではない限定品や、特定のデザイナーによる希少な作品など、データが少ないアイテムの価値評価。- 商品の状態に関する微細なニュアンス
「味」と見なされる経年変化と、単なる「劣化」との違いの判断。- 文化的・歴史的背景
特定の時代背景やストーリーを持つヴィンテージ品の付加価値。
これらは、膨大な知識と経験、そして時には美的センスといった、極めて人間的な能力が求められる領域です。AIは過去のデータから統計的な「正解」を導き出すことは得意ですが、データセットにない「一点もの」の価値や、文脈に依存する付加価値を評価することは依然として苦手なのです。AIの画一的な評価基準から「こぼれ落ちてしまう価値」をいかにして拾い上げるかが、今後の大きな課題と言えるでしょう。
AIと人間の協調:ハイブリッド査定という未来
では、査定士の仕事はAIに奪われてしまうのでしょうか。私は、そうは考えていません。むしろ、AIの登場によって査定士の役割はより高度化し、その専門性の価値はさらに高まると予測しています。
今後の主流となるのは、AIと人間がそれぞれの得意分野を活かすハイブリッド査定のモデルでしょう。具体的には、以下のような役割分担が考えられます。
- 一次査定(AI)
AIがブランド、型番、市場価格の相場といった基本的な情報を瞬時に判断し、査定の土台となるデータを提供します。- 二次査定(人間)
査定士は、AIが提示したデータを基に、AIでは判断が難しい商品の状態、希少性、デザイン性といった付加価値を評価し、最終的な買取価格を決定します。
このような協調モデルにおいて、査定士に求められるスキルは変化します。もはや、単にブランドの型番を暗記しているだけでは不十分です。市場のトレンドを読み解く分析力、商品の歴史や文化的背景に関する深い知識、そして顧客と対話し、商品の価値を的確に伝えるコミュニケーション能力といった、より高度で複合的な専門性が求められるようになるのです。
AIは査定士の「競争相手」ではなく、むしろ業務を効率化し、より本質的な価値評価に集中させてくれる「強力なパートナー」となり得ます。この新しい関係性をいかに構築できるかが、今後のリユース企業の競争力を左右することになるでしょう。
業界地図を塗り替えるインパクトと、その先の展望
AI査定システムの普及は、査定業務の効率化というレベルにとどまらず、リユース業界の構造そのものを根底から変革するポテンシャルを秘めています。ビジネスモデル、雇用、そして消費者体験は、今後どのように変わっていくのでしょうか。
ビジネスモデルの変革:参入障壁の低下とサービスの多様化
従来、リユース事業への参入には、熟練の査定士の確保が大きな障壁となっていました。しかし、高精度なAI査定システムがSaaS(Software as a Service)として提供されるようになれば、専門知識を持たない事業者でも容易に市場に参入できるようになります。これにより、異業種からの新規参入が相次ぎ、業界の競争は一層激化するでしょう。
同時に、消費者の利便性も飛躍的に向上します。LINEやチャットボットを通じて、自宅にいながらにして24時間いつでも査定が完了するサービスが一般化し、「思い立ったらすぐ売る」という消費行動が定着していくと考えられます。これにより、家庭内に眠る「かくれ資産」が市場に流入し、リユース市場全体のパイをさらに拡大させる効果も期待できます。
雇用と人材への影響:査定士の役割の再定義
前述の通り、AIは査定士の仕事を奪うのではなく、その役割を再定義します。単純な型番特定や相場検索といった定型業務はAIに代替され、人間はより高度な判断が求められる領域にシフトしていきます。具体的には、以下のような役割が重要性を増すでしょう。
- 価値発見・創造者
AIが見逃すような商品の隠れた価値やストーリーを発掘し、価格に反映させる。- データサイエンティスト
AIが算出した査定データや市場データを分析し、仕入れ戦略や経営戦略に活かす。- 顧客コンサルタント
顧客に対して査定額の根拠を丁寧に説明し、納得感を醸成する。リピート利用やファン化を促進する。
企業は、既存の査定士に対して、こうした新しいスキルを習得させるためのリスキリング(再教育)に投資する必要に迫られます。AIを使いこなし、データに基づいた意思決定ができる人材が、今後のリユース業界を担う中核人材となることは間違いありません。
消費者体験の向上:透明性と信頼性の時代へ
消費者にとって、AI査定は「利便性」だけでなく、「透明性」と「信頼性」という大きなメリットをもたらします。AIは客観的なデータに基づいて価格を算出するため、「なぜこの価格なのか」という根拠が明確になります。これにより、査定額に対する顧客の納得感が高まり、事業者との信頼関係が構築されやすくなります。
さらに、ブロックチェーン技術と組み合わせることで、商品の真贋情報や取引履歴を改ざん不可能な形で記録・追跡する「トレーサビリティ」の実現も視野に入ります。消費者は、商品の「来歴」を正確に知った上で、安心して中古品を購入できるようになるのです。こうした信頼性の向上は、中古品に対する心理的な抵抗感をさらに低減させ、リユース市場の裾野を広げる上で極めて重要な役割を果たすでしょう。
AIが加速させるサーキュラーエコノミーへの道筋
AI査定システムのインパクトは、経済的な効率性や利便性の向上だけにとどまりません。私が専門とするサステナビリティの観点から見ても、この技術はサーキュラーエコノミー(循環型経済)の実現を大きく加速させる可能性を秘めています。
AIによる需要予測は、リユース事業者が売れる見込みの高い商品を的確に仕入れることを可能にし、売れ残りによる不良在庫の発生を抑制します。これは、経営効率の改善だけでなく、最終的に廃棄されてしまう衣料品を減らすことにも直結します。製品のライフサイクル全体での環境負荷を最小化するというサーキュラーエコノミーの理念において、廃棄の削減は最も重要なステップの一つです。
また、AIとIoTデバイス(RFIDタグなど)を組み合わせることで、個々の衣料品の生産から廃棄、再利用に至るまでの全履歴を追跡するトレーサビリティが実現可能になります。これにより、どの製品が、いつ、どこで、どのようにリユース・リサイクルされたかを正確に把握できるようになり、より効果的な資源循環システムの構築に繋がります。
私が関わるプロジェクトの一つに、全国47都道府県の伝統工芸や地場産業と連携し、サステナブルなものづくりを推進する「NIPPON47」という取り組みがあります。このプロジェクトでは、地域の職人が手掛けた製品の価値を正しく評価し、長く使い続けてもらうための仕組みを模索しています。将来的には、AI査定のような技術を活用し、伝統工芸品の二次流通市場における価値を可視化することで、職人の技術承継や地域経済の活性化にも貢献できるのではないかと考えています。AIは、単に中古品の価格を決めるだけでなく、製品に込められた文化や技術といった「見えざる価値」を次世代に繋ぐための架け橋にもなり得るのです。
まとめ:技術と人間の共存が拓く、リユースの新たな地平
本稿では、AI自動査定システムがリユース業界、特にファッション分野に与える多角的なインパクトについて考察してきました。
AI査定は、査定業務の効率化と標準化を実現し、CtoC市場の成長鈍化や人材不足といった業界の構造的課題を解決する強力なソリューションです。その技術はすでに国内外で実用化され、ビジネスモデルの変革、雇用の再定義、消費者体験の向上といった大きな変化を引き起こし始めています。
しかし、AIは万能ではなく、その精度には依然として限界があります。商品の持つ微細なニュアンスや文化的価値を評価する上では、依然として人間の査定士が持つ高度な専門性が不可欠です。未来の査定現場は、AIが提示する客観的データを基に、人間が最終的な価値判断を下す「ハイブリッドモデル」が主流となるでしょう。そこでは、査定士は単なる鑑定人ではなく、データ分析力やコンサルティング能力を兼ね備えた、より高度な専門職へと進化していく必要があります。
そして最も重要なのは、この技術革新が、私たちが目指すサーキュラーエコノミーの実現に大きく貢献する可能性を秘めているという点です。AIは、資源の効率的な利用を促進し、廃棄を削減し、製品の価値を次世代に繋ぐための強力なツールとなり得ます。
古着の価格をAIが決める時代。それは、単に人間の仕事が機械に置き換わるという単純な話ではありません。それは、テクノロジーと人間が共存し、それぞれの強みを活かすことで、より効率的で、透明性が高く、そして持続可能な新しいリユースの地平を切り拓いていく時代の幕開けなのです。私たち研究者、そして業界に関わるすべての人間が、この変化を正しく理解し、そのポテンシャルを最大限に引き出していく責任があると言えるでしょう。



