消費者行動分析

「長く着る」消費は本当に広まっているのか?データで見る日本の衣類平均所有年数の変化

近年、ファッション業界において「サステナブル」「エシカル」といった言葉が浸透し、「お気に入りの服を長く大切に着る」という価値観が広まっているように感じられます。しかし、その一方で、日本の衣類廃棄量は依然として深刻な問題です。果たして、「長く着る」消費は単なる理想論なのでしょうか、それとも確かな変化の兆しなのでしょうか。

本記事では、サステナブルファッション研究者としての立場から、最新の統計データや消費者意識調査を基に、日本の衣類消費のリアルな現在地を徹底分析します。データが示す事実から、持続可能なファッションの未来を探ります。

【データで見る】日本の衣類「平均所有年数」と消費の実態

「長く着る」という価値観の実態を把握するためには、まず客観的なデータに目を向ける必要があります。消費者の意識と実際の行動の間には、どのような現実が横たわっているのでしょうか。

服を手放すまでの平均期間は4.9年という調査結果

花王株式会社が実施した「衣服に関する実態調査」によると、私たちが日常生活で着用する服を手放すまでの平均期間、すなわち「服の平均年齢」は4.9年であることが示されています。 興味深いのは、性年代別に見ると20代女性が平均3.7年と最も短い傾向にある点です。 これは、トレンドへの感度やライフスタイルの変化が、衣類の所有期間に影響を与えている可能性を示唆しています。

一方で、同調査では「この先何年でも着続けたい大切な一着があるか」という問いに対し、63.3%が「ある」と回答しており、そうした服を理想的には平均6.3年着続けたいと考えていることも明らかになりました。 この1.4年のギャップは、消費者が「もっと長く着たい」と願いながらも、何らかの理由で手放さざるを得ない状況を示していると考えられます。

年間一人あたり購入18枚、廃棄12枚、未使用25枚という現実

よりマクロな視点で衣類消費の全体像を見てみましょう。環境省の調査によると、日本人は年間で一人あたり平均約18枚の服を購入し、その一方で約12枚を手放していると推計されています。

さらに衝撃的なのは、所有しているにもかかわらず1年間に一度も着用しない服が、一人あたり平均で25枚にものぼるというデータです。 これらのデータは、「長く着る」という意識とは裏腹に、私たちのクローゼットが「着られない服」で溢れ、結果として大量の衣類が短期間で消費・廃棄サイクルに乗っている実態を浮き彫りにしています。

日本人の平均的な衣類消費フロー

時系列で見る衣類消費の変化:供給量は増え、単価は下落

こうした消費行動の背景には、ファッション業界の構造的変化があります。日本の衣料品市場では、この30年間で市場規模が縮小する一方で、国内への供給点数は約1.8倍に増加しました。 これに伴い、衣類一枚あたりの単価は下落し続けています。

▼ 日本の衣類供給量と市場規模の推移

市場規模供給量
1991年15.3兆円約20億点
2022年8.7兆円約37.3億点
(出所:経済産業省、日本繊維輸入組合等のデータを基に作成)

この「大量生産・大量消費」を前提としたビジネスモデル、特にファストファッションの浸透が、衣類の価値を相対的に低下させ、消費者の「使い捨て」感覚を助長してきたことは否定できません。この構造が、「長く着る」文化の定着を阻む大きな要因の一つであると考えられます。

「長く着る」は幻想?深刻化する衣類大量廃棄の現状

消費者の手元を離れた衣類は、その後どのような運命を辿るのでしょうか。データは、日本が依然として深刻な大量廃棄問題を抱えていることを示しています。

「長く着る」は幻想?深刻化する衣類大量廃棄の現状

年間約47万トンが廃棄、リユース・リサイクル率は約35%

環境省が公表した最新の衣類のマテリアルフロー(2022年推計)によると、家庭や事業者から手放される衣類は年間約73.1万トンにのぼります。 このうち、リユース(古着として再利用)されるのは約13.3万トン(18.1%)、リサイクル(ウエス化・反毛など)されるのは約12.7万トン(17.4%)に留まります。

つまり、再資源化されるのは全体の約35%に過ぎず、残りの大半にあたる約47万トン(64.3%)が焼却・埋め立てによって廃棄されているのが現状です。 これは、大型トラック約130台分が毎日焼却・埋め立てされている計算になります。

ファストファッションが加速させた「使い捨て」のサイクル

この大量廃棄問題の背景には、2000年代以降に急速に拡大したファストファッションのビジネスモデルが深く関わっています。短いサイクルでトレンド商品を低価格で提供するこのモデルは、消費者に「次々と新しいものを買う」という行動を促しました。

私の専門である消費者行動分析の観点から見ると、これは「計画的陳腐化」の一種と捉えることができます。つまり、物理的な寿命だけでなく、デザインやスタイルの陳腐化を意図的に作り出すことで、新たな購買を喚起するのです。このサイクルが、一着あたりの着用回数を減少させ、大量廃棄を構造的に生み出す原因となっています。

ライフサイクルアセスメント(LCA)で見る服一着の環境負荷

廃棄される衣類一着一着が、生産から廃棄までの過程でどれほどの環境負荷を生じさせているのでしょうか。私の専門分野であるライフサイクルアセスメント(LCA)の手法で見てみましょう。

環境省のデータによると、一般的な衣類一着が生産されてから廃棄されるまでに排出されるCO2は約25.5kg、消費される水の量は約2,300リットルと試算されています。

  • CO2排出量 約25.5kg: 500mlペットボトル約255本分の製造・リサイクルに相当
  • 水消費量 約2,300L: お風呂の浴槽約11杯分に相当

これらの科学的データは、一着の服を安易に廃棄することが、地球環境にどれほど大きな影響を与えているかを明確に示しています。

世界の潮流との比較:欧米の「長く着る」文化と政策

日本の現状を客観的に評価するためには、国際的な視点が不可欠です。特に欧州では、ファッション業界の変革に向けた政策的な動きが加速しています。

EUの「持続可能な循環型繊維戦略」とは

欧州委員会は2022年3月、「持続可能な循環型繊維戦略」を発表しました。 これは、2030年までにEU域内で販売される繊維製品を、より長寿命で、修理・リサイクルしやすくすることを目指す包括的な戦略です。

この戦略の要点は以下の通りです。

  • エコデザイン規則の導入: 製品設計の段階で、耐久性やリサイクル性を義務付ける。
  • デジタル製品パスポート: 原材料やリサイクル情報などを電子的に追跡可能にする。
  • 売れ残り品の廃棄禁止: 未販売や返品された製品の廃棄を原則禁止する。
  • グリーンウォッシュ対策: 環境配慮を装う不当表示を厳しく規制する。

この戦略は、ファストファッションを「時代遅れ」と明確に位置づけ、サーキュラーエコノミー(循環型経済)を業界のスタンダードにしようとする強い意志が感じられます。

フランスの「売れ残り廃棄禁止法」と環境スコア表示

EUの中でも特に先進的なのがフランスです。同国では2022年1月から、世界に先駆けてアパレルを含む売れ残り新品の廃棄を禁止する法律を施行しました。 違反した企業には罰金が科せられ、廃棄する代わりに寄付やリサイクルが義務付けられています。

さらに、製品の環境負荷をAからEまでの5段階で評価し、消費者に開示する「環境スコア表示(エコラベリング)」の導入も進められています。 このように、政策によって企業の生産活動と消費者の選択基準に直接働きかけるアプローチは、日本が学ぶべき点が多いと考えられます。

市民レベルでのリペア・リユース文化の浸透

欧州では、政策だけでなく市民レベルでの文化も根付いています。その象徴が「リペアカフェ」です。 これは、地域住民がボランティアで壊れた家電や衣類などを修理するのを手伝うコミュニティ活動で、オランダから始まり欧州全土に広がっています。

こうした活動は、単にモノを修理するだけでなく、「修理して使い続ける」という価値観を共有し、技術を伝承する場となっています。活発なリユース市場と相まって、トップダウンの政策とボトムアップの文化醸成が両輪となり、社会全体の変革を後押ししている点が注目されます。

専門家が提言:日本で「長く着る」消費を定着させるために

これまでのデータ分析と国際比較を踏まえ、日本で「長く着る」消費を真に定着させるためには、消費者、企業、そして政策という3つのステークホルダーによる統合的なアプローチが不可欠です。

1. 消費者意識の転換:「価格」から「価値」へのシフト

コロナ禍を経て、消費者の意識には変化の兆しが見られます。ある調査では、「気に入ったものを大切にしたい想いが強くなった」と回答した人が65.2%にのぼりました。 このように高まりつつある意識を、実際の購買行動へと繋げることが重要です。

  • 「価格」で選ぶ消費からの脱却: 安さだけでなく、素材の品質、縫製の丁寧さ、デザインの普遍性、そしてブランドの背景にあるストーリーといった「価値」で服を選ぶ視点が求められます。
  • 手入れと修理の実践: 洗濯表示に従った適切なケアや、簡単なほつれの修理を自分で行うことは、服への愛着を深め、寿命を延ばすための第一歩です。
  • リユース市場の積極的活用: 新しい服が必要な際に、まずリユース品(古着)を検討することが、循環の輪に参加する有効な手段となります。

2. 企業の役割:サーキュラーエコノミーを前提としたビジネスモデルへ

企業のビジネスモデル転換なくして、業界全体の変革はあり得ません。これまでの「作って、売って、終わり」という直線型のモデルから、循環を前提としたサーキュラー型への移行が急務です。

  • リペアサービスの拡充: 製品の修理サービスを標準的に提供し、顧客との長期的な関係を築く。
  • 高耐久な製品設計: 長期間の使用に耐えうる素材選びと、修理しやすい設計(モジュラーデザインなど)を取り入れる。
  • リユース・リサイクルシステムの構築: 自社製品の回収プログラムを強化し、リユース販売やリサイクル原料としての活用を本格化させる。近年、アパレル企業による自主的な衣類回収の取り組みが増えていることは、ポジティブな動向と言えるでしょう。

3. 政策による後押し:日本版「繊維戦略」の必要性

消費者と企業の努力を社会全体で支えるためには、政策による後押しが不可欠です。EUの例を参考に、日本においても生産から廃棄までのライフサイクル全体を視野に入れた、包括的な法整備が求められます。

  • 拡大生産者責任(EPR)の導入: 製品の廃棄・リサイクルに関する費用や責任を、生産者が負う仕組みを導入する。
  • 情報開示の義務化: 製品の耐久性やリサイクル可能性、サプライチェーンの透明性に関する情報開示を企業に求める。
  • リペア・リユース産業の育成: 修理やリユースを行う事業者への支援を通じて、国内での資源循環インフラを強化する。

私自身も客員研究員として関わる中で、こうした政策の必要性を提言していますが、業界、政府、そして市民社会が一体となって議論を深めていくことが重要です。

よくある質問(FAQ)

Q: 一般的に服の寿命は何年くらいですか?

A: 着用頻度や素材、手入れの方法によって大きく異なりますが、ある調査では日常生活で着る服を手放すまでの平均期間は4.9年という結果が出ています。 しかし、これはあくまで平均値であり、適切なケアを行えば10年以上着続けることも可能です。大切なのは年数ではなく、一着一着を大切に扱う意識です。

Q: ファストファッションが環境に悪いと言われる主な理由は何ですか?

A: 主な理由は3つです。1つ目は、短いサイクルでの大量生産・大量消費が、資源の枯渇と大量廃棄を招くこと。2つ目は、生産過程で大量の水やエネルギーを消費し、CO2を排出すること。 3つ目は、価格を抑えるために発展途上国の労働者が不当な環境で働いている場合があることです。

Q: 日本の衣類リサイクル率はなぜ低いのですか?

A: 複数の素材が混紡されている衣類が多く、技術的に分離してリサイクルするのが難しいことが一因です。また、消費者の分別意識や、回収システムの整備がまだ十分でないことも課題として挙げられます。リユース(古着として再利用)を含めても、再資源化されるのは手放される衣類の約35%に留まっています。

Q: 個人でできるサステナブルなファッションへの取り組みは何ですか?

A: まずは「今持っている服を大切に長く着る」ことです。具体的には、購入時に品質の良いものを選ぶ、洗濯表示を守って手入れする、簡単なほつれは自分で修理するなどです。また、新しい服が必要な場合は、リユース品(古着)を選択肢に入れることも有効な取り組みです。

Q: 「サーキュラーエコノミー(循環型経済)」とは何ですか?

A: これまでの「作って、使って、捨てる」という直線型の経済に対し、製品や資源を廃棄することなく、修理、再利用、リサイクルなどを通じて価値を循環させ続ける経済システムのことです。ファッション業界では、衣類をゴミにしない仕組みづくりが求められています。

まとめ

データは、「長く着る」という意識が一部で高まりつつも、日本のファッション市場全体としては依然として大量生産・大量消費・大量廃棄の構造から抜け出せていない厳しい現実を示しています。平均所有年数という一面的な指標だけでは、この複雑な問題の本質は見えません。

しかし、欧米の先進的な政策や企業の取り組みは、サーキュラーエコノミーへの移行が不可能ではないことを教えてくれます。私たち消費者一人ひとりが「価値」で服を選び、企業が循環を前提としたビジネスを設計し、そして社会全体でそれを支える仕組みを構築すること。ファッションの未来は、その三位一体の変革にかかっていると言えるでしょう。