サステナビリティ研究

2030年への提言:日本のファッション業界がサーキュラーエコノミーを実現するための5つのステップ

執筆者:田中 美穂(株式会社サステナブル・ファッション・ラボ 代表取締役 / 早稲田大学商学学術院 客員研究員)

2030年、私たちのクローゼットとファッション業界はどのような姿になっているべきでしょうか。現在、日本のファッション業界は、構造的な課題に直面しています。

環境省の最新の調査によると、2022年に国内で手放された衣類は年間約73万トンにのぼり、そのうち約64%にあたる約47万トンが廃棄されていると推計されています。 この大量生産・大量消費・大量廃棄という直線型経済モデルから脱却し、持続可能な未来を築く鍵こそが「サーキュラーエコノミー(循環型経済)」です。

しかし、その実現への道のりは平坦ではありません。本稿では、サステナブルファッション研究者としての長年の知見と国内外の事例分析に基づき、日本のファッション業界が2030年までにサーキュラーエコノミーを実現するための具体的な「5つのステップ」を提言します。データと実践的視点から、未来へのロードマップを描き出します。

2030年 ファッション・サーキュラーエコノミー実現への5ステップ

ステップ1:設計思想の転換 – 「廃棄」を前提としない循環型デザインの導入

なぜ「入口」である設計が最重要なのか

サーキュラーエコノミーの実現において、最も重要な起点は「設計」です。なぜなら、製品の素材選定、構造、そして解体の容易さといった設計思想が、その製品がリユース、リペア、リサイクルのいずれの循環ループに乗れるかを決定づけるからです。私の専門分野であるライフサイクルアセスメント(LCA)の観点からも、製品ライフサイクル全体の環境負荷の約8割は設計段階で決まると考えられています。つまり、廃棄を前提としない「サーキュラーデザイン」こそが、循環の質と効率を最大化する上で不可欠なのです。

具体的な循環型デザインの3原則

企業の製品開発において、以下の3つの原則を導入することが重要と考えられます。

  • 耐久性と修理可能性: 流行に左右されず長く愛用できる普遍的なデザインと、高品質な素材の選定が基本となります。さらに、ボタンが取れた、ほつれたといった際に消費者が自身で、あるいは事業者が提供するリペアサービスによって容易に修理できる構造設計が、製品寿命を大幅に伸長させます。
  • リサイクル容易性: 複数の素材が混紡された繊維は、分離が技術的に困難でリサイクルの大きな障壁となっています。ポリエステルやナイロンといった単一素材(モノマテリアル)で製品を構成することや、ファスナーやボタンなどの副資材が容易に取り外せる設計は、リサイクルプロセスを格段に効率化します。
  • 素材のトレーサビリティ: 再生素材やオーガニックコットンなどの環境配慮型素材を積極的に利用すると同時に、その素材が「いつ、どこで、誰によって」生産されたのかを追跡できる仕組みが求められます。これは企業の透明性を示すだけでなく、後述する消費者とのエンゲージメントにおいても重要な役割を果たします。

【国際比較】欧州「エコデザイン規則」から日本が学ぶべきこと

国際的な動向として、EUの「持続可能な製品のためのエコデザイン規則(ESPR)」は特筆すべきです。 2024年に施行されたこの規則は、エネルギー関連製品に限定されていた旧指令の対象を、繊維製品を含むほぼ全ての物理的製品に拡大しました。 製品の耐久性、修理可能性、リサイクル性、再生材含有率などの情報開示を義務付けるもので、違反した製品はEU市場から締め出される可能性もあります。 日本企業もグローバル市場で競争力を維持するためには、これらの国際基準を念頭に置いた設計思想への転換が急務であると言えるでしょう。

ステップ2:動静脈連携による回収システムの高度化

「捨てる」から「資源に戻す」への意識変革

設計思想の転換と並行して取り組むべきは、消費者が手放した衣類を効率的に資源循環のループに戻すための「回収システム」の構築です。日本の現状を見ると、手放された衣類のうちリユース・リサイクルされる割合は約34%に留まり、残りの約66%は焼却・埋め立て処分されているのが実情です。 この「静脈」部分の非効率性が、サーキュラーエコノミーへの移行を阻む大きなボトルネックとなっています。

回収チャネルの多様化と連携強化

現在、アパレル店舗での店頭回収、自治体による資源回収、リユース事業者による宅配回収など、多様な回収チャネルが存在します。しかし、それぞれが独立して機能しているため、回収された衣類の量や質が安定せず、効率的な資源循環につながっていません。

ここで重要となるのが、製品を生産・販売する「動脈産業」と、回収・再生を担う「静脈産業」の連携、すなわち「動静脈連携」です。 例えば、アパレル企業が自社製品の素材情報を静脈産業と共有することで、リサイクル業者はより効率的な選別・再生プロセスを組むことが可能になります。私が三菱商事でファッション事業に携わっていた際も、サプライチェーンの上流から下流までを一気通貫で管理することの重要性を痛感しましたが、これからの時代は、そのチェーンを「廃棄」で終わらせず、再び「資源」として上流に戻す循環の視点が不可欠です。

【先進事例】国内外の効率的な回収モデル

海外では、フランスのように拡大生産者責任(EPR)制度を繊維製品に適用し、生産者に回収・リサイクルの責任とコストを課すことで、国家レベルでの効率的な回収システムを構築している国もあります。 ドイツでは、市民の習慣として回収ボックスの利用が根付いており、高い回収率を実現しています。

日本国内でも、AIを活用した自動選別技術を開発するベンチャー企業や、自治体とリユース事業者が連携した回収プラットフォームの実証実験など、先進的な取り組みが見られます。今後は、こうした個別の取り組みを連携させ、消費者、企業、行政が一体となった官民連携の回収プラットフォームを構築することが、日本の地理的条件や消費者行動に合った最適解を見出す鍵となるでしょう。

ステップ3:ビジネスモデルの再構築 – 「所有」から「利用」へ

「モノを売る」ビジネスからの脱却

サーキュラーエコノミーは、単なる環境活動ではなく、企業の収益構造そのものを変革する経営戦略です。従来の「作って売って終わり」という直線的なビジネスモデルでは、企業の収益は常に新規製品の販売量に依存し、結果として過剰生産と大量廃棄を助長してきました。この構造から脱却し、製品のライフサイクル全体で収益機会を見出すことが、持続可能な成長には不可欠です。

注目される循環型ビジネスモデル4類型

製品の「所有」から「利用」へと価値の提供方法を転換することで、新たなビジネスモデルが生まれます。以下に代表的な4つの類型を、具体的な企業事例とともに紹介します。

ビジネスモデル概要具体的な企業事例
PaaS (Product as a Service)製品を「サービス」として提供し、月額課金などで収益を得る。レンタルやサブスクリプションが代表例。Rent the Runway(米)、airCloset(日)
リセール(再販)企業が自社製品の中古市場を公式に運営・管理し、品質を保証することでブランド価値を維持しながら再販収益を得る。Patagonia「Worn Wear」、The North Face「Renewed」
リペア&リメイク修理やカスタマイズサービスを提供し、製品寿命の延長と顧客との長期的な関係構築を図る。Nudie Jeans(スウェーデン)、無印良品「Re-MUJI」
シェアリングプラットフォーム個人間(CtoC)での衣類の貸し借りを仲介するプラットフォームを提供し、手数料で収益を得る。My Wardrobe HQ(英)

【経済的価値】循環型ビジネスがもたらす新たな市場

これらの循環型ビジネスモデルは、環境負荷を低減するだけでなく、大きな経済的価値を生み出す可能性を秘めています。ある調査によれば、世界のサーキュラーファッション市場は2025年の76.3億米ドルから、2032年には139.4億米ドルに達すると予測されています。

また、欧州の中古アパレル市場は2030年には約4.2兆円規模に拡大するとの予測もあります。 日本市場においても、消費者の価値観の多様化を背景に、これらの新しいビジネスモデルが浸透する土壌は十分に整っていると考えられます。企業は、自社のブランド特性や顧客層に合わせてこれらのモデルを組み合わせ、新たな収益の柱を構築していくことが求められます。

ステップ4:消費者エンゲージメントの深化と行動変容の促進

企業と消費者の新たな関係構築

サーキュラーエコノミーという壮大なシステム転換は、企業の努力だけでは成し遂げられません。製品を長く使い、適切に手放すという消費者の協力が不可欠です。そのためには、企業が一方的に製品を提供するのではなく、消費者が循環のプロセスに積極的に関与したくなるような、新たな関係性を構築する必要があります。

消費者の行動変容を促す3つのアプローチ

私の専門である消費者行動分析の観点から、企業の取り組みが消費者の行動変容に結びつくための3つのアプローチを提案します。

  1. 徹底した情報透明性(トレーサビリティ):
    消費者は、製品の背景にあるストーリーや環境への影響を知ることで、その製品への愛着を深めます。素材の原産地、生産プロセス、そしてLCAに基づいた環境負荷データなどを、後述するデジタルプロダクトパスポートなどを活用して開示することが、消費者の信頼を獲得し、「賢い選択」を後押しします。
  2. 参加を促すインセンティブ設計:
    環境配慮行動が消費者のメリットに直接つながる仕組みは、行動変容の強力な動機付けとなります。例えば、衣類回収に協力した顧客に次回の購入で使えるポイントを付与する、リペアサービスを利用することで製品の保証期間を延長するなど、金銭的・非金銭的なインセンティブを設計することが有効です。
  3. サステナブル教育と啓発:
    製品の正しいケア方法や洗濯のコツ、手放す際の最適な方法(リユース、リサイクルなど)といった情報を提供することは、製品寿命を延ばし、適切な資源循環に繋がります。SNSや店頭でのワークショップを通じて、製品を「大切に長く使う文化」を消費者と共に育んでいくコミュニケーション戦略が重要です。

近年の調査では、若年層を中心にサステナビリティへの関心が高まっている一方で、「何から始めればよいかわからない」「情報が多すぎて疲れてしまう」といった声も聞かれます。 企業には、複雑な情報を分かりやすく伝え、具体的なアクションへと導く役割が期待されています。

ステップ5:政策とテクノロジーによるエコシステム構築

業界全体の変革を加速させる外部要因

これまで述べてきた4つのステップは、主に個社の努力に焦点を当てたものでした。しかし、回収・リサイクルのコスト問題や、業界横断でのデータ連携といった課題は、一社の努力だけでは解決が困難です。業界全体でサーキュラーエコノミーを推進するためには、公平な競争環境を担保する「政策」と、循環の効率性と透明性を高める「テクノロジー」という、強力な外部要因が不可欠です。

政策への提言:公平な競争環境の整備

私が環境省の委員として議論に参加する中でも、政策の重要性を強く感じています。日本のファッション業界の変革を加速させるためには、以下のような政策的支援が有効であると考えられます。

  • 拡大生産者責任(EPR)の導入検討: 生産者が製品の廃棄・リサイクル段階まで責任を負うEPR制度は、リサイクルを前提とした製品設計を促す強力なインセンティブとなります。
  • 再生材利用の促進: 再生材を利用した製品に対する税制優遇や補助金制度を設けることで、企業の自主的な取り組みを後押しします。
  • 表示基準の明確化: 何を以て「サステナブル」とするのか、その基準を明確にし、科学的根拠に基づかない表現(グリーンウォッシュ)を規制することで、消費者の混乱を防ぎ、真摯に取り組む企業が正当に評価される市場を形成します。

テクノロジーの活用:循環を支えるデジタル基盤

サーキュラーエコノミーの複雑なバリューチェーンを効率的に管理するためには、デジタル技術の活用が鍵となります。

  • デジタルプロダクトパスポート(DPP): 製品の素材、製造履歴、修理履歴、リサイクル方法といったライフサイクル情報をQRコードなどに記録し、サプライチェーン上の全てのステークホルダーが共有できる仕組みです。 EUでは2027年頃から繊維製品への導入が義務化される見込みであり、日本でも導入に向けた議論が始まっています。
  • ブロックチェーン: DPPに記録される情報の透明性と信頼性を担保し、改ざんを防ぐ技術として期待されています。
  • AI・IoT: AIによる需要予測は過剰生産の抑制に貢献し、IoTタグは製品の追跡や効率的な在庫管理、回収プロセスの最適化を可能にします。

これらのテクノロジーは、これまで分断されていた動脈産業と静脈産業の情報を繋ぎ、円滑な資源循環を実現するための神経網として機能するでしょう。

よくある質問(FAQ)

Q: サーキュラーエコノミーとリサイクルは同じ意味ですか?

A: 異なります。リサイクルは主に廃棄物を再資源化する「出口」の対策ですが、サーキュラーエコノミーは、そもそも廃棄物を出さないように製品設計からビジネスモデル全体を循環させる、より包括的な概念です。リサイクルはサーキュラーエコノミーの重要な要素の一つと位置づけられます。

Q: 中小企業でもサーキュラーエコノミーに取り組むことは可能ですか?

A: 可能です。大規模なシステム投資が難しい場合でも、「リペアサービスの強化」「地域内での資源循環」「単一素材での製品開発」など、自社の強みを活かしたユニークな取り組みが考えられます。特に、顧客との距離が近い中小企業は、製品への愛着を育むストーリーテリングなどで差別化を図ることができます。

Q: 消費者として、まず何から始めればよいですか?

A: まずは「長く着られる質の良い服を選ぶ」こと、そして「今持っている服を大切に手入れして着る」ことが最も重要な第一歩です。手放す際には、すぐに捨てるのではなく、フリマアプリやリユースショップ、ブランドの回収サービスなどを活用し、次の使い手につなぐことを意識してみてください。

Q: 日本のファッション業界におけるサーキュラーエコノミーの最大の課題は何ですか?

A: 複数の課題がありますが、特に「回収から再製品化までのコスト」と「多種多様な素材が混在する衣類の分別・リサイクル技術」が大きな障壁となっています。これらを解決するには、本記事で提言したような、業界横断でのシステム構築や技術開発、そしてそれを後押しする政策が不可欠です。

Q: 海外と比べて、日本の取り組みは遅れているのでしょうか?

A: 規制の導入という点では、売れ残り品の廃棄を原則禁止するなど法制化を進めるEUが先行しています。 一方で、日本には高品質なものづくりや「もったいない」という文化的背景、そして高度なリサイクル技術を持つ企業も存在します。これらの強みを活かし、日本独自のサーキュラーモデルを構築することが期待されます。

まとめ

2030年に向けて、日本のファッション業界がサーキュラーエコノミーを実現するためには、本稿で提言した5つのステップ、すなわち「①循環型デザインへの転換」「②高度な回収システムの構築」「③ビジネスモデルの再構築」「④消費者とのエンゲージメント深化」「⑤政策とテクノロジーによるエコシステム構築」を、個社および業界全体で連携しながら推進することが不可欠です。

これは単なる環境対策ではなく、新たな経済的価値と国際競争力を生み出す成長戦略に他なりません。企業、消費者、そして行政がそれぞれの役割を果たし、連携することで、ファッションを楽しみながら持続可能な未来を築くことは必ず可能であると、私は確信しています。