市場分析・統計

ラグジュアリーブランドの中古(プレオウンド)市場はなぜ拡大するのか?最新トレンドと課題

近年、ファッション業界におけるサステナビリティへの関心が高まる中、ラグジュアリーブランドのビジネスモデルが大きな転換点を迎えています。かつてはブランド価値を毀損する存在と見なされがちであった中古(プレオウンド)市場が、今や新品市場を凌ぐ勢いで成長し、業界構造そのものを変えようとしています。

この変化を象徴するのが、市場規模の爆発的な拡大です。ベイン・アンド・カンパニーの推計では、中古高級品市場は2024年に560億ドル規模に達し、その成長率は新品市場の3倍以上と予測されています。これは、中古市場がもはやニッチな存在ではなく、ラグジュアリー業界の中心的な競争の場へと変貌を遂げたことを意味します。

私、サステナブルファッション研究者の田中美穂は、長年、循環型ファッション経済の構築をテーマに研究を続けてまいりました。本稿では、最新のデータと事実に基づき、この構造変化の要因を多角的に分析し、新たなビジネスチャンスと課題について専門家としての見解を述べさせていただきます。

中古ラグジュアリー市場の急速な拡大

中古ラグジュアリー市場の成長は、単なる一時的なトレンドではなく、構造的な変化として捉えるべきです。複数の調査レポートが、その驚異的な成長率を裏付けています。

中古ラグジュアリー市場の構造的成長

グローバル市場の急成長

BCGの予測では、世界のリセール市場は2030年までに360億ドルに達する可能性があり、これは新品市場の3倍の速さで成長していることを示唆しています。より詳細に見ると、2024年から2025年にかけて、グローバルなラグジュアリーリセール市場は約37~38億ドルの規模に達しており、年間約10%のCAGR(複合年間成長率)で拡大しています。

この成長の背景には、複数の要因があります。McKinseyのレポートによると、2024年は2016年以来初めてラグジュアリー業界全体の成長が前年を下回りました。今後2027年にかけても年1~3%の低成長が予想されており、この環境下で中古市場への消費者シフトが加速しているのです。

日本市場の特殊性と国際的な評価

特に日本のリユース市場の成長は目覚ましく、専門紙リユース経済新聞によると、2010年代前半に約1.5兆円だった市場規模は2023年に3兆円を超え、2030年には4兆円に達すると予測されています。少子高齢化により多くの国内市場が縮小する中で、この成長は異例と言えるでしょう。

さらに注目すべきは、日本の中古品市場が国際的にも高く評価されているという点です。「ユーズド・イン・ジャパン」と呼ばれる日本の中古品は、品質の高さと丁寧な管理で知られており、海外からも強い需要があります。これは、日本の消費者が新品を購入する際に、製品を丁寧に扱い、保存状態を良好に保つという文化的背景に支えられています。

市場2024年市場規模(推定)2030年市場規模(予測)年平均成長率(CAGR)
グローバル中古市場560億ドル360億ドル (BCG)約10%
日本リユース市場全体3兆円超4兆円年平均6~7%

出典: ベイン・アンド・カンパニー、BCG、リユース経済新聞のデータを基に作成

市場拡大を駆動する構造的要因

この市場拡大は、単一の要因によって引き起こされているわけではありません。ブランド側、消費者側、そして市場そのものの力学が複雑に絡み合い、この大きなうねりを生み出しています。

ブランド側の要因:価格高騰と供給制限の悪循環

近年、多くのラグジュアリーブランドは、ブランド価値を維持・向上させる目的で、戦略的な価格引き上げを繰り返してきました。例えば、シャネルの定番バッグ「マトラッセ」は、この10年で価格が3倍以上に高騰し、現在では170万円程度の価格帯に達しています。また、ロレックスのように、意図的に供給を絞り、希少性を高める戦略をとるブランドも少なくありません。

こうした戦略は、ブランドの収益性を高める一方で、多くの消費者にとって新品が手の届かない存在になるという副作用も生み出しました。「正規店では買えない、しかしブランド品が欲しい」という消費者の欲求が、品質の高い中古品が比較的手頃な価格で手に入るプレオウンド市場へと向かう大きな原動力となっているのです。

消費者側の要因:行動変化とサステナビリティ意識

消費者、特にZ世代やミレニアル世代の価値観の変化が、市場拡大の最も重要なドライバーであると考えられます。PwCの2025年の調査によると、Z世代の40%、ミレニアル世代の28%が中古品プラットフォームでの購入経験があると回答しており、中古品への心理的抵抗が著しく低下していることが示されています。

この背景には、以下のような意識変化があります。

  • 環境への配慮: 製品を長く使い続けるリユースは、サーキュラーエコノミー実現の重要なアクション
  • サステナビリティ重視: 購買決定に「環境配慮」が32%の消費者に影響(ブランドステータス31%と同等)
  • 資産としての認識: フリマアプリ普及で、再販価値を考慮した購入が一般化
  • 投資的アプローチ: ラグジュアリー品の価値が下がりにくいことに気づく消費者が増加
  • 倫理的消費: 自分の選択が社会に与える影響を重視する傾向

プレミア市場の形成と投機的需要

需要と供給のバランスが崩れることで、一部の人気モデルや限定品においては、中古価格が新品の定価を上回る「プレミア市場」が形成されています。これは特に、ロレックスやオーデマ・ピゲといった高級腕時計、エルメスのバーキンやケリーといったバッグで顕著です。このような投機的な側面も、中古市場に資金と注目を集める一因となっています。

Z世代とミレニアル世代が変える消費の未来

ラグジュアリー市場の未来を占う上で、Z世代とミレニアル世代の動向を無視することはできません。ベイン・アンド・カンパニーの分析では、2024年にZ世代の新品高級品への支出が前年比で7%減少する一方、中古市場では彼らが最も急速に成長する顧客層となっています。

彼らの消費行動は、従来の世代とは大きく異なります。

  • 情報を徹底的に比較: 価格、デザイン、サステナビリティ、リセールバリューを総合的に判断
  • 購買決定に時間をかける: 衝動買いではなく、30分以上かけて熟慮する傾向
  • ストーリー性を重視: 職人技、ブランド歴史、環境配慮といった背景を求める
  • 個性の表現: 39%がカスタマイズを重視し、ユニークなアイテムを求める
  • 新品と中古の垣根がない: 実店舗、EC、中古プラットフォームを使い分ける

ブランド側の対応戦略と新たなビジネスモデル

当初は静観していたラグジュアリーブランドも、プレオウンド市場の急成長を座視できなくなり、近年では積極的にこの市場に関与する動きが加速しています。その戦略は、大きく3つに分類できます。

1. プラットフォーム提携による市場参入

The RealReal、Vestiaire Collective、Poshmarkといった既存の中古品プラットフォームと提携するモデルです。ケリンググループ傘下のブランドはVestiaire Collectiveと連携し、顧客が不要な商品を売却する際にブランドの公式オンラインストアで使えるクーポンを提供するなど、新品の購入へとつなげる仕組みを構築しています。

2. オウンドリセール(自社再販)事業の展開

ブランド自らが中古品の買い取りと再販を手がけるモデルです。これにより、ブランドは自社製品の流通をコントロールし、品質を保証することができます。「バイバックプログラム」は、顧客が保有しているブランド衣類を中古相場に合わせて買い取り、その資金をブランドのポイントやクレジットとして還元するというもので、顧客のロイヤルティを高め、新品への購買意欲を喚起する仕組みとしても機能しています。

3. テクノロジーを活用した循環型モデルの構築

ブロックチェーン技術などを活用した「デジタルプロダクトパスポート(DPP)」の導入が注目されています。製品の素材、製造履歴、所有者履歴などを記録することで、真贋鑑定を容易にし、透明性の高い二次流通市場の形成を促進します。DPPの導入によるメリットは以下の通りです。

  • 即座の認証: デジタルパスポートにより製品の真正性が検証でき、偽造品のリスクを大幅に低減
  • ワンクリック再販: 事前に入力されたデータにより、再販のプロセスが簡略化
  • 信頼できる製品情報: 仕様、来歴、状態、所有履歴などが検証済みの形で提供
  • 消費者の利便性向上: 手間が削減され、安心して購入できる環境が実現

ChloéはVestiaire Collectiveとの提携でDPPを導入し、再販プロセスを大幅に効率化することに成功しています。

市場拡大に伴う課題と規制環境の変化

市場が拡大する一方で、新たな課題も浮上しています。

偽造品対策の重要性と技術的課題

市場の成長は、残念ながら偽造品の流通機会も増大させます。近年では、シリアルナンバーや付属品まで精巧に模倣された「N級品」と呼ばれる偽造品が増加しており、真贋判定はますます困難になっています。これに対し、コメ兵HDのようにAIを活用した真贋判定システムを導入し、鑑定士の目利きと組み合わせて対策を強化する企業も出てきています。

規制環境の急速な変化と企業への影響

サステナビリティへの要請は、法規制の強化という形で具体化しています。企業の環境責任を問う動きは世界的な潮流となっており、ブランドはこれらの規制に対応し、ビジネスモデルを変革していく必要があります。

  • EU: エコデザイン持続可能製品規則(ESPR)により、2027年にもデジタルプロダクトパスポートが義務化
  • フランス: 「超高速ファッション」を規制する法律が承認、オーバープロダクション抑制
  • 米国カリフォルニア州: 「責任あるテキスタイル回収法」検討中、使用済み衣類の回収義務化へ

データギャップの解決と業界全体の課題

BCGの分析では、現在のリセール市場における最大の課題は「データギャップ」であると指摘されています。つまり、製品の認証、状態、使用履歴、修理履歴といった重要な情報が、ブランドと中古品プラットフォーム間で共有されていないという問題です。このデータギャップを解決するためには、ブランド、プラットフォーム、規制当局が協力し、相互運用可能なデータシステムを構築する必要があります。

まとめ

ラグジュアリーブランドの中古市場の拡大は、単なる消費トレンドの変化ではなく、サステナビリティ、テクノロジー、そして新しい世代の価値観が融合して引き起こされた、ファッション業界の構造的な地殻変動です。この変化は、ブランドにとって脅威であると同時に、サーキュラーエコノミーを事業の中核に据え、消費者と新たな信頼関係を築くための大きなチャンスでもあります。

新品と中古品が共存し、製品のライフサイクル全体で価値を創出する。そんな新しいラグジュアリーの形を、業界全体で模索していく時期に来ているのではないでしょうか。私たち消費者にできることは、一つの製品を長く愛し、その価値を次の世代へとつないでいくこと。その小さな選択の積み重ねが、ファッションの持続可能な未来を創っていくと、私は信じています。