近年、サステナブルファッションへの関心の高まりとともに、古着(リユースファッション)市場が活況を呈しています。
新品の衣服を生産する際に生じる環境負荷を削減できる古着は、循環型経済(サーキュラーエコノミー)を実現する上で重要な選択肢の一つと見なされてきました。
しかし、私たちが「環境に良い」と信じて手放したその服が、世界のどこかで深刻な環境問題を引き起こしているとしたら、どうでしょうか。
本稿では、古着のサステナビリティという側面に光を当てつつ、その裏側で進行しているグローバルな大量廃棄問題、いわば「不都合な真実」に焦点を当てます。
データと現地の状況に基づき、この複雑な問題の構造を解き明かし、真のサーキュラーファッションの実現に向けた道筋を探っていきます。
目次
データで見る古着のグローバル・フローと廃棄の現実
私たちが手放した古着が、どのような道のりを経て、最終的にどこへ行き着くのか。
まずは、その国際的なマテリアルフロー(物質の流れ)をデータから概観してみましょう。
日本から世界へ:年間約24万トンの古着が輸出される実態
環境省の調査によると、日本国内で一年間に手放される衣類は約51万トンにのぼります。
このうち、国内でリユース・リサイクルされるのは約34%に過ぎず、残りの約66%は焼却・埋め立て処分されているのが現状です。
リユース・リサイクルされる衣類の一部は、海外へと輸出されます。
財務省貿易統計によれば、日本からの古着の輸出量は年間約24万トンに達します(2016年時点)。
主な輸出先はマレーシアやフィリピンといったアジア諸国ですが、これらの国々でさらに選別された後、最終的にアフリカ諸国などへ再輸出されるケースも少なくありません。
このグローバルな古着の流通は、一見すると資源の有効活用に見えます。
しかし、その最終到達点では、私たちの想像を超える規模の廃棄問題が発生しているのです。
「服の墓場」と呼ばれる不都合な真実:ガーナとチリの事例
古着の最終目的地のひとつとして知られるのが、西アフリカのガーナです。
首都アクラにある「カンタマント市場」は、世界最大級の古着市場であり、毎週1,500万点もの古着が世界中から流入します。
しかし、そのうちの約40%は品質が低すぎる、あるいは現地の需要に合わないといった理由で商品にならず、最終的に廃棄されていると推定されています。
もう一つの象徴的な場所が、南米チリのアタカマ砂漠です。
ここは「世界で最も乾燥した砂漠」として知られていますが、近年「ファストファッションの墓場」という不名誉な名前で呼ばれるようになりました。
欧米やアジアで売れ残った衣類が年間約3万9000トンも不法に投棄され、砂漠の景観を覆い尽くす巨大な「服の山」を形成しているのです。
AFP通信の報道より
「服は生物分解が不可能で、化学製品を使用しているものもあるため、自治体のごみ廃棄場では受け入れられません」と、廃棄された服で断熱材を作る企業の創設者は語っています。
これらの事例は、先進国で生まれた衣類廃棄の問題が、地理的に遠く離れた開発途上国に転嫁されている現実を浮き彫りにしています。
参考: 世界の服のごみが廃棄されるチリ、アタカマ砂漠の「服の墓場」。ファッションショーが教えてくれる衣料廃棄の現実
なぜ大量廃棄が起きるのか?3つの構造的要因
輸出先での大量廃棄は、単一の原因ではなく、複数の要因が複雑に絡み合って発生しています。
主な構造的要因として、以下の3点が挙げられます。
| 要因 | 詳細 |
|---|---|
| 1. ファストファッションによる品質の低下 | 大量生産・低価格を特徴とするファストファッションの普及により、衣類の平均的な品質が低下。数回の着用で傷んでしまうような耐久性の低い衣類が増え、リユースに適さないものが大量に輸出されています。 |
| 2. 受け入れ国の処理能力の限界 | ガーナやケニアなどの受け入れ国では、流入する古着の量を処理するためのインフラ(分別施設、廃棄物処理場など)が圧倒的に不足しています。 処理能力を超える量が押し寄せるため、結果として不法投棄や野焼きにつながっています。 |
| 3. 需要と供給のミスマッチ | 輸出される古着には、厚手の冬物衣料など、熱帯気候の国々では全く需要のないものが大量に含まれています。こうした需要とのミスマッチも、大量の売れ残りと廃棄を生む一因です。 |
これらの要因が相互に作用し、「リユース」という名目で行われる国際取引が、実質的な「廃棄物の輸出」となってしまっているのが現状なのです。
輸出先で何が起きているのか?現地の声と環境への影響
データが示す現実は、輸出先の国々で暮らす人々の生活と地域の環境に、深刻な影響を及ぼしています。
ガーナ・カンタマント市場のジレンマ:経済的恩恵と環境汚染
カンタマント市場は、約3万人の雇用を生み出し、多くの人々の生活を支える重要な経済基盤です。
しかしその一方で、売れ残った衣類がもたらす環境汚染は深刻化しています。
廃棄された衣類は、市内の排水路を詰まらせ、大雨の際には洪水の原因となります。
また、最終的に海岸線に漂着した大量の衣類は、生態系を破壊するだけでなく、マイクロプラスチックの発生源ともなっています。
Unreported Worldのドキュメンタリー映像では、アクラの海岸が衣類のゴミで埋め尽くされ、海に流れ込む様子が映し出されており、問題の深刻さを物語っています。
チリ・アタカマ砂漠:化学繊維がもたらす半永久的な汚染
アタカマ砂漠に廃棄される衣類の多くは、ポリエステルなどの化学繊維でできています。
これらの素材は自然界で分解されるのに200年以上かかると言われ、半永久的に環境中に残留します。
さらに、衣類に含まれる染料や化学物質が土壌や地下水を汚染するリスクも指摘されています。
この問題は、単なる環境汚染にとどまりません。
Fashion Revolution Brazilのディレクター、フェルナンダ・シモン氏は、「北半球で消費された製品が南半球で廃棄されるシステムには、『環境人種差別』と『植民地主義』の要素がある」と述べ、先進国が開発途上国に環境負荷を押し付ける構造的な問題を批判しています。
現地産業への影響:「死んだ白人の服」が奪うもの
安価な古着が大量に流入することは、現地の伝統的な繊維産業やアパレル産業の衰退を招くという側面も持ち合わせています。
ガーナでは、かつて活発だった国内の捺染業などが安価な輸入品に太刀打ちできず、多くの工場が閉鎖に追い込まれました。
現地で古着は「Obroni Wawu(死んだ白人の服)」と呼ばれています。
これは当初、品質の良い西洋の服への憧憬を込めた呼び名でしたが、現在では自国の産業を圧迫し、環境を汚染する厄介な存在という、より複雑なニュアンスを帯び始めています。
構造的問題を加速させるファストファッションの影響
輸出先での大量廃棄問題の根底には、近年のファッション業界、特にファストファッションのビジネスモデルが深く関わっています。
「使い捨て」を前提とした品質と素材の問題
短いサイクルでトレンド商品を大量に生産し、低価格で販売するファストファッションは、衣類の「使い捨て」文化を助長してきました。
コストを抑えるために、耐久性の低い素材や縫製が用いられることが多く、こうした衣類はリユース市場でも価値が低く、すぐに廃棄物となってしまいます。
また、ポリエステルやアクリルといった安価な化学繊維の使用が増加したことも問題を深刻化させています。
これらの素材はリサイクルが技術的に難しく、環境中に長く残留するため、廃棄された際の影響がより大きくなるのです。
マイクロプラスチック汚染という新たな脅威
化学繊維で作られた衣類は、洗濯時や廃棄後に微細なプラスチック繊維(マイクロプラスチック)を環境中に放出します。
ガーナの海岸に打ち上げられた衣類の山は、波によって少しずつ分解され、膨大な量のマイクロプラスチックを海洋に流出させていると考えられています。
研究によれば、これらのマイクロプラスチックは海洋生物の体内に取り込まれ、食物連鎖を通じて生態系全体に影響を及ぼす可能性が懸念されています。
私たちが着ているフリースやポリエステルのシャツが、遠い国の海を汚染し、そこに住む人々の健康を脅かしているかもしれないのです。
増加するアパレル業界の温室効果ガス排出量
アパレル・インパクト・インスティチュートの最新報告によると、ファッション業界の温室効果ガス(GHG)排出量は、ポリエステル繊維の使用拡大などを背景に、2023年に前年比で7.5%増加しました。
これは、同団体が2019年にデータ収集を開始して以来、初めての顕著な増加であり、業界のサステナビリティへの取り組みが、生産量の増加によって相殺されている実態を示唆しています。
古着のリユースは、本来であれば新品の生産を抑制し、GHG排出削減に貢献するはずです。
しかし、ファストファッションによって生み出される「リユースできない古着」が大量廃棄される現状は、むしろ環境負荷を増大させるという皮肉な結果を招いています。
変化の兆し:国際社会と企業の新たな取り組み
この深刻な問題に対し、国際社会や企業も手をこまねいているわけではありません。
サーキュラーエコノミーの実現に向けた、新たな動きが生まれつつあります。
EUの先進的な規制:拡大生産者責任(EPR)と廃棄禁止の動き
欧州連合(EU)は、この問題に対して最も先進的な取り組みを進めています。
2025年1月から、EU加盟国は繊維製品の分別回収が義務付けられました。
さらに、改正「廃棄物枠組み指令」に基づき、生産者が自社製品の回収からリサイクル、最終処分までの費用と責任を負う「拡大生産者責任(EPR)」制度の導入が合意されています。
このEPR制度は、ファストファッションのように耐久性の低い製品を販売する企業により多くの負担を課す仕組みとなっており、企業に対してより長寿命でリサイクルしやすい製品設計を促すインセンティブとなります。
また、2026年7月からは、売れ残った衣類や履物の廃棄を禁止する「アパレル廃棄禁止規則」の施行も予定されており、業界のビジネスモデルそのものに変革を迫っています。
日本国内の挑戦:リサイクル技術の進化と企業の回収努力
日本国内でも、課題解決に向けた動きが進んでいます。
従来、困難とされてきた混紡繊維から各素材を分離・再生するケミカルリサイクルの技術開発が進展し、一部では実用化も始まっています。
また、多くのアパレル企業が自社店舗で古着回収の取り組みを強化しています。
回収された衣類をリユースやリサイクルにつなげるだけでなく、燃料化するなど、廃棄物ゼロを目指す動きが広がっています。
私たち消費者がこうした企業の回収サービスを積極的に利用することも、循環の輪を広げる上で重要なアクションと言えるでしょう。
現地から生まれる希望:アップサイクルの胎動
問題が最も深刻な輸出先の国々でも、変化は起きています。
ガーナのカンタマント市場では、廃棄される運命にあった古着を資源と捉え、現地のデザイナーたちが新たな服やアクセサリーに作り替える「アップサイクル」の取り組みが生まれています。
これらの活動は、廃棄物を減らすだけでなく、新たな雇用を創出し、独自のファッション文化を育む可能性を秘めています。
先進国からの「廃棄物」を、現地の創造性によって「価値」へと転換するこうした動きは、問題解決の重要な鍵となるかもしれません。
考察:真のサーキュラーファッション実現に向けた私たちの役割
古着の輸出問題は、ファッション業界のサプライチェーンが抱える矛盾と、グローバルな経済格差が交差する複雑な課題です。
この問題を解決するためには、特定の誰かだけではなく、生産者、政府、そして私たち消費者を含むすべてのステークホルダーが役割を果たす必要があります。
- 生産者(企業)の責任:
- 製品のライフサイクル全体に責任を持つ「拡大生産者責任(EPR)」の考え方に基づき、長寿命でリサイクルしやすい製品設計(エコデザイン)を推進する。
- サプライチェーンの透明性を高め、製品が最終的にどこでどのように処理されるかを追跡・公開する。
- 政府・国際社会の役割:
- EUのように、EPR制度や廃棄禁止といった法的拘束力のあるルールを整備し、業界全体の変革を促す。
- 開発途上国におけるリサイクルインフラの整備を支援し、グローバルな廃棄物問題の解決に協力する。
- 消費者(私たち)の選択:
- 安価な商品を次々と買い換える消費スタイルを見直し、一つの服を長く大切に着ることを心がける。
- 古着を購入・販売する際は、その背景にある問題を理解し、信頼できる回収ルートや企業を選択する。
- 服を手放す際には、単に寄付ボックスに入れるだけでなく、その先でどのように扱われるのかに関心を持つ。
「古着=サステナブル」という単純な図式で思考を停止するのではなく、その裏側にある複雑な現実を直視し、より本質的な解決策を模索していく姿勢が求められています。
まとめ:問い直される「サステナブル」の意味
私たちが良かれと思って行っている古着のリユースが、意図せずして地球の裏側で深刻な環境・社会問題の一因となっている。
この不都合な真実は、「サステナブルとは何か」という問いを私たちに改めて突きつけます。
真のサステナビリティとは、単に目の前の廃棄物を減らすことだけではありません。
製品の生産から廃棄に至るまでのライフサイクル全体、そしてグローバルなサプライチェーンに関わるすべての人々と環境に対して、負の影響を最小化する取り組みです。
古着の輸出問題は、私たち先進国の消費社会がもたらした「外部不経済」の典型例と言えるでしょう。
この問題から目を背けず、ファッションを愛する一人ひとりが責任ある選択を積み重ねていくこと。
それこそが、ファッション業界を持続可能な未来へと導く、唯一の道筋であると考えられます。


