はじめまして、サステナブルファッション研究者の田中美穂です。
リユース市場の調査を仕事にして10年ほどになりますが、中国の中古品プラットフォーム「閑魚(Xianyu・シエンユー)」の数字を初めて精査したとき、思わず電卓を叩き直しました。
年間取引額は2024年末時点で4,000億元超。
日本円に換算すると8兆円を超え、メルカリの流通総額(1兆1,209億円)のおよそ7倍にあたります。
タイトルには「3兆円超」と書きましたが、実際の規模はその倍以上です。
むしろ控えめな表現だと、本文で数字を確認しながらお伝えしていきます。
この記事では、閑魚の規模と成長メカニズムをデータで分解したうえで、日本のリユース市場、とりわけファッション分野に何が応用できるのかを考えます。
中国市場のリサーチを続けてきた立場から、単なる「すごい話」で終わらせない分析をお届けするつもりです。
閑魚(Xianyu)とは何か:数字で見る規模感
アリババが育てた「中古品の巨大市場」
閑魚は2014年、アリババグループが立ち上げた個人間(C2C)取引プラットフォームです。
アリババの公式サイトでは「中国最大のC2Cコミュニティおよび中古品マーケットプレイス」と紹介されており、2023年11月にはグループの「戦略的革新事業」に指定されました。
「閑魚」という名前は「閑置(使っていないもの)」と、タオバオのロゴでもある「魚」を掛け合わせたものです。
家で眠っている遊休品を泳がせる、という発想がサービス名に込められています。
登録ユーザーは2024年末時点で6億人を超えました。
中国のネット人口の半分以上が、一度は閑魚にアカウントを作った計算になります。
月間アクティブユーザーも2025年3月に2億900万人へ達しており、この1年だけで約5,000万人増えました。
メルカリとの規模比較
日本の読者の方には、メルカリと並べたほうがイメージしやすいと思います。
主要な数字を整理しました。
| 項目 | 閑魚(Xianyu) | メルカリ |
|---|---|---|
| 年間流通総額 | 4,000億元超(約8兆円)※2024年 | 1兆1,209億円 ※2025年6月期 |
| 登録ユーザー数 | 6億人超 | 約2,300万人(月間利用者) |
| 1日の出品数 | 約400万点 | 非公開 |
| 販売手数料 | 実取引額の0.6%(上限60元) | 10% |
| 運営母体 | アリババグループ | メルカリ(独立系) |
人口が10倍以上違うので単純比較はできません。
それでも、流通総額で7倍、しかも年間注文数が前年比約50%増という成長スピードは、市場の成熟度の差だけでは説明がつかない水準です。
「3兆円超」は実は控えめな数字
閑魚のGMV(流通総額)は2020年に約2,000億元、2024年末には4,000億元を超えたと報じられています。
2023年時点ですでに1日あたりのGMVが10億元(約200億円)を突破していました。
さらに視野を広げると、China Dailyは中国の中古品市場全体が2020年の1兆元から2025年には3兆元へ拡大すると報じています。
プラットフォーム単体で日本のリユース市場全体(約3.3兆円)の倍以上のお金が動いている。
この事実だけでも、中国の「遊休品経済」がどのフェーズにいるかが伝わるかと思います。
なぜ閑魚はここまで成長したのか
ユーザーの6割超が若者:Z世代の「省銭」と「副業」
閑魚の利用者構成を見ると、1995年以降生まれが約43%、2000年以降生まれが約22%を占めます。
合わせて65%が20代・30代前半という、極端に若いプラットフォームです。
背景にあるのは、中国の若年層に広がる「省銭(節約)」志向です。
経済成長の鈍化と就職難のなかで、「新品を定価で買うのは賢くない」という消費観が定着しました。
私が2024年に上海でヒアリングした20代の女性は、「閑魚で買って、飽きたら閑魚で売る。実質レンタルです」と話していました。
この感覚は、日本のZ世代がメルカリを「一時保管場所」と呼ぶのとよく似ています。
もうひとつの推進力が副業です。
2024年には約950万人が閑魚上で副業的な販売を行い、平均で月3,660元(約7万7,000円)の収入を得ています。
そのうち4割強が2000年以降生まれでした。
中古売買が「節約」を超えて「稼ぐ手段」になっている点は、日本との大きな違いです。
「売買」を超えたコミュニティ設計
閑魚が面白いのは、フリマアプリの枠に収まっていないところです。
プラットフォーム内には「魚塘(fish pond)」と呼ばれる趣味・地域別のコミュニティがあり、取引の前後に雑談や情報交換が生まれます。
売られているものも、モノだけではありません。
ゲームの代行、イラスト制作、悩み相談といったスキルやサービスの出品が活発で、サービス分野の注文は6割以上を95後世代が占めます。
私が調査で実際に見かけた出品には、「大学院受験の勉強に毎朝付き合います」「あなたの代わりに猫の写真を撮りに行きます」といったものまでありました。
ここまで来ると、もはや中古品売買というより「個人の時間と遊休資産の総合取引所」です。
36Kr Japanの創業者インタビューでは、「中古品取引は巨大ECをゼロから作るより難しい。1人1人の消費者に市場へ積極的に関わってもらう必要がある」と語られていました。
コミュニティ設計は、この「参加してもらう難しさ」への回答なのだと解釈しています。
AIが取引のハードルを下げた
中古品取引の最大の障壁は、出品の面倒くささと「この人から買って大丈夫か」という不安です。
閑魚はここにAIを大量投入しました。
アリババの大規模言語モデル「通義千問(Tongyi Qianwen)」を基盤に、写真を撮るだけで商品説明と価格を自動生成する出品支援、過去の回答を学習して購入希望者に自動応答するエージェント、売り手の信用評価などを実装しています。
China Dailyによれば、AIを介した取引額は100億元を超え、新規出品の当日成約率を10%押し上げました。
2026年3月の新バージョンでは「写真を撮るだけで出品完了」の機能がさらに強化されています。
出品にかかる時間が数分から数十秒に縮まると、「面倒だから捨てる」が「とりあえず出す」に変わります。
リユース率を規定するのは意識ではなく手間である、というのが私の持論なのですが、閑魚はそれを大規模に証明してくれました。
サーキュラーエコノミーの実装装置としての閑魚
CO2削減659万トンという実測値
サステナビリティ研究者として一番注目しているのは、環境面の定量データです。
新華網の報道によると、2024会計年度に閑魚のユーザーが中古品取引とリサイクルを通じて削減したCO2は659.4万トン。
453万世帯の年間電力由来排出量に相当し、前年から110%増えました。
この数値は閑魚が独自に言い張っているものではなく、中国循環経済協会や北京グリーン取引所と共同で策定した算定基準に基づいています。
方法論の透明性にはまだ検証の余地があるものの、プラットフォーム単位でLCA的な削減効果を毎年公表する枠組み自体が、世界的に見ても先行事例です。
個人カーボンアカウントという仕掛け
閑魚はユーザーごとに「カーボンアカウント(碳積分)」を用意し、取引1件ごとの削減量をポイントとして可視化しています。
2030年までに累計5,500万トンの削減をユーザーとともに達成する、という目標も掲げました。
環境配慮を「意識の高い人の行動」ではなく「アプリを使えば勝手に貯まるスコア」に変換した設計は、消費者行動の研究者として唸らされます。
行動経済学でいうデフォルト設計の応用で、ユーザーは環境のために取引しているわけではないのに、結果として循環型経済に参加している構図です。
それでも浸透率は1%:伸びしろの大きさ
意外に思われるかもしれませんが、中国のリユース浸透率(消費に占める中古品の割合)はまだ約1%です。
先進国の約10%に対して10分の1にすぎません。
つまり、8兆円という取引額は「飽和した市場の数字」ではなく「立ち上がり期の数字」です。
閑魚自身、登録ユーザーを2030年に10億人へ伸ばす計画を公表しています。
純粋なC2Cから、公式の買取・検品を挟むC2B2Cやアウトレット型のB2C、さらには実店舗まで展開を広げており、成長の第2幕に入ったところと見ています。
象徴的なのが2024年末から出店が始まったオフラインのリサイクル店舗です。
南京の店舗は3フロア・約800平米という規模で、その場で査定・買取から中古品の購入までが完結します。
「ネットのフリマが路面店を出す」という逆張りに見えますが、狙いは明確で、オンラインだけでは拾えない高齢層や、対面でないと安心できない高額品の取引を取り込むことにあります。
2023年時点の注文数ベースではC2Cが8割を占めるものの、GMVベースではB2C型が3〜4割に達しており、収益性の高い領域が着実に育っています。
日本のリユース市場が閑魚から学べること
「安さ」ではなく「賢さ」で売る
日本でリユースというと、いまだに「節約のための選択肢」という文脈で語られがちです。
一方の閑魚では、中古品を売り買いすることが「賢い暮らし方」「面白い遊び」として若者文化に組み込まれています。
環境省のサステナブルファッションに関する調査では、日本の家庭から手放される衣類のうちリユースに回るのは約35%にとどまり、年間約50万トンが焼却・埋立に回っています。
クローゼットの中の「使っていない45%」を動かすには、罪悪感や倹約の訴求よりも、閑魚型の「参加したくなる設計」のほうが効くはずです。
具体的に日本のプラットフォームや小売企業が検討すべき方向性を挙げます。
- 出品作業をAIでほぼ自動化し、「捨てるより出品が楽」な状態を作る
- 取引機能と趣味コミュニティを一体化し、滞在時間と信頼を育てる
- スキルやサービスの取引まで領域を広げ、若年層の「稼ぐ場」にする
- オンラインとオフライン店舗を組み合わせ、検品・認証で不安を取り除く
環境価値の可視化はまだ日本で誰もやりきっていない
日本のフリマアプリやリユース企業でも、CO2削減量の試算を出す例は増えてきました。
ただ、閑魚のように「業界団体と算定基準を作り、個人アカウント単位でポイント化し、国家目標と接続する」ところまで実装した事例は、私の知る限りまだありません。
日本でも2026年から金融庁のSSBJ基準に沿ったサステナビリティ情報開示が段階的に始まり、企業は排出削減の実績数値を求められる局面が増えます。
リユース取引の削減効果を標準化された方法で定量化できれば、プラットフォームは消費者向けサービスであると同時に、企業のスコープ3対策のインフラにもなり得ます。
ここは日本勢にとって、まだ空いている席だと考えています。
手数料モデルの違いが示すもの
もうひとつ見逃せないのが収益構造です。
| 観点 | 閑魚 | 日本の主要フリマアプリ |
|---|---|---|
| 販売手数料 | 0.6%(上限60元) | 5〜10% |
| 主な収益源 | 広告、認証・検品などの付加サービス | 販売手数料 |
| 戦略の重心 | 流通量の最大化 | 取引あたり収益の確保 |
閑魚は手数料をほぼ取らない代わりに、広告と検品・認証サービスで稼ぐモデルを選びました。
手数料10%の世界では「安いものは出品する意味がない」となりますが、0.6%なら数百円の品でも市場に出てきます。
低単価品まで循環させることが環境面のインパクトを最大化する、という観点からは、閑魚のモデルのほうがサーキュラーエコノミーとの相性が良いのです。
もちろん、この構造はアリババという巨大な広告エコシステムがあってこそ成立します。
日本で同じことをやれば収益性の問題に直面するでしょうから、そのまま輸入すべきだとは思いません。
それでも「手数料を下げて流通量を取りに行く」選択肢が現実に機能している事実は、日本の事業者にとって検討に値します。
なお、閑魚にも課題がないわけではありません。
偽ブランド品や詐欺的な出品への対応は長年の弱点で、AIによる信用評価や公式検品の強化は、裏を返せばトラブルの多さへの対処でもあります。
低い手数料は個人の参入を促す一方で、業者による転売の温床にもなっており、2025年には携帯電話カテゴリで年間6台超を販売するセラーの手数料を1%へ引き上げる調整も行われました。
規模の数字だけを見て理想化するのではなく、こうした試行錯誤ごと参考にする姿勢が必要だと考えています。
まとめ
閑魚は、年間8兆円超の取引額と6億人のユーザーを抱えながら、浸透率で見ればまだ序盤にいる巨大プラットフォームです。
その成長は、Z世代の消費観の変化、コミュニティ設計、AIによる取引ハードルの引き下げ、そして環境価値の可視化という4つの歯車が噛み合った結果でした。
日本のリユース市場も3兆円を超え、決して小さくありません。
ただ、「節約の手段」から「参加したくなる循環インフラ」への転換という点では、学べることがまだ多くあります。
私自身、次回の上海調査では閑魚のオフライン店舗を実際に歩いて、検品・認証の現場を確かめてくるつもりです。
その報告も、いずれこの場でお届けします。



