「着なくなった服を手放したいけど、出品が面倒」。
そう思ったことがある方は、きっと多いはずです。
写真を撮って、説明文を書いて、価格を決めて、購入者とやり取りして、梱包して発送する。
フリマアプリでの出品作業は、慣れていても1点あたり15分から20分はかかります。
クローゼットに眠る服が10着、20着とあれば、その労力を想像するだけで手が止まってしまう。
この「出品の壁」を取り払ったのが、スウェーデン発のリコマースプラットフォーム「Sellpy(セルピー)」です。
不要な服をバッグに詰めて送るだけ。
撮影も価格設定も発送も、すべてSellpyが代行してくれます。
サステナブルファッション研究者・コンサルタントの田中美穂です。
三菱商事でリユース事業の立ち上げに携わり、現在は大手アパレル企業のサステナビリティ戦略を支援する中で、欧州のリコマース市場を継続的にウォッチしてきました。
Sellpyは2024年に売上高35%成長を達成し、H&Mグループの循環型戦略の中核として急成長を続けています。
欧州リコマース市場そのものが430億ドル規模に達した今、その成功の方程式には、日本のファッション業界にとっても見逃せないヒントが詰まっています。
この記事では、Sellpyのビジネスモデルから競合との比較、EU規制の追い風、そして今後の課題まで、データと事例をもとに解説します。
目次
Sellpyとは?北欧発リコマースプラットフォームの正体
ストックホルムの学生寮から生まれたスタートアップ
Sellpyの始まりは、実にシンプルなきっかけでした。
2014年、創業者のMichael Arnörが留学から帰国し、自分の部屋を見回したとき、使わなくなったモノがあふれていることに気づきます。
「売りたいけど面倒くさい」。
その実体験から、友人のOskar NielsenとPhilip Gunnstamとともに、ストックホルムでSellpyを立ち上げました。
転機は翌2015年。
H&Mグループの投資部門「CO:LAB」がSellpyへの出資を開始します。
以降、すべての投資ラウンドにCO:LABが参加し、現在ではH&Mグループが約82%の株式を保有する筆頭株主となりました。
ファストファッションの巨人が、セカンドハンドのスタートアップに賭けた。
この組み合わせは一見矛盾するように見えますが、H&Mグループが掲げる「2040年までに100%循環型企業になる」というビジョンから逆算すれば、リセール事業への本格投資は必然の一手だったと私は見ています。
「全部おまかせ」コンサインメントモデルの仕組み
Sellpyの最大の特徴は、「コンサインメント型(委託販売型)」と呼ばれるビジネスモデルです。
売り手がやることは、極端に少ない。
具体的な流れは以下のとおりです。
- Sellpyのサイトやアプリでバッグ(約75リットル、上限15kg)を注文する
- 不要な服やアクセサリー、生活雑貨をバッグに詰める
- 無料の自宅集荷を予約するか、提携先のドロップオフポイントに持ち込む
- Sellpyのチームが仕分け・査定・クリーニング・撮影・出品を行う
- 商品が売れたら、売り手に報酬が支払われる
コミッション構造もシンプルです。
売上の40%が売り手の取り分で、一定の閾値(スウェーデンでは500SEK、他市場では50ユーロ)を超えた分については70%が売り手に還元されます。
一定期間売れなかったアイテムは、慈善団体に寄付される仕組みです。
VintedやメルカリのようなP2P(個人間取引)型プラットフォームとの最大の違いは、ここにあります。
P2P型では売り手自身が撮影・出品・発送を行いますが、Sellpyではその手間がゼロ。
「時間はないけど、捨てるのはもったいない」という層に刺さるモデルです。
24カ国展開とその事業規模
Sellpyは現在、ヨーロッパ24カ国で購入が可能です。
売却サービスが利用できるのは、スウェーデン、ドイツ、オーストリア、オランダ、ベルギー、デンマーク、フィンランド、フランスの8カ国。
物流面では、スウェーデンのRosersberg、ポーランドのPoznańとWrocław、ルーマニアのAradに倉庫を構えています。
特にポーランドのPoznań倉庫は、H&Mグループの物流チーム「Logistics Region East Europe」と連携して運営されており、親会社のインフラを活かしたオペレーションが強みになっています。
これまでに2,000万点以上のアイテムに新たな命を吹き込み、約15万トンのCO₂排出削減に貢献したとH&Mグループの公式サイトは報告しています。
常時500万点以上の商品がプラットフォーム上に掲載されており、そのうちファッションが売上の約80%を占めます。
急成長の実態:数字が語るSellpyの現在地
売上35%成長と1.6億ユーロの到達
Sellpyの2024年の売上高は約1.6億ユーロ(約260億円)。
前年比35%の成長率は、すでに一定の規模に達したプラットフォームとしては目を見張る数字です。
売上の地域構成を見ると、スウェーデンが56%と過半を占めます。
裏を返せば、ドイツをはじめとする他の欧州市場にはまだ大きな伸びしろが残っている。
H&Mグループ全体に占めるリセール売上の比率も着実に拡大しています。
2022年にはグループ売上の0.3%だったリセール比率が、2024年には0.6%にまで倍増しました。
絶対値としてはまだ小さいものの、H&Mグループが2024年に初めてこの数字を公式に開示したこと自体が、リセール事業を「実験」ではなく「戦略の柱」として位置づけ始めた証拠です。
黒字化という最大の壁
ただし、成長の裏には大きな課題があります。
Sellpyは2024年時点で依然として赤字で、損失額はSEK 7,900万クローナ(約7.2億円)に拡大しています。
コンサインメント型のビジネスモデルは、売り手にとっては手間がかからない反面、プラットフォーム側のオペレーションコストが重い。
1点ずつ手作業で仕分け、査定、撮影、出品する工程は、大量生産のファストファッションとはまったく異なるコスト構造を持ちます。
売上が35%伸びても利益が出ない。
この構造的なジレンマは、Sellpyに限らず、フルサービス型のリコマースプラットフォーム全体が直面している課題です。
欧州リコマース市場の競争地図
Vinted、Vestiaire Collective、ThredUp:3つのモデルの比較
欧州のリコマース市場は、いくつかの異なるビジネスモデルが共存する複雑な競争環境にあります。
主要プレイヤーの比較をまとめました。
| プラットフォーム | モデル | 2024年売上 | 収益性 | 主な市場 |
|---|---|---|---|---|
| Vinted | P2P(個人間取引) | €8.134億 | 黒字(純利益€7,670万) | EU22カ国 |
| Sellpy | コンサインメント(委託販売) | €1.6億 | 赤字 | EU24カ国(販売は8カ国) |
| Vestiaire Collective | ラグジュアリー認証型 | 非公開 | 非公開 | 70カ国以上 |
| ThredUp | コンサインメント | 約$2.84億(米国中心) | 赤字 | 米国(欧州撤退) |
Vintedは圧倒的な規模を誇ります。
2024年の売上は€8.134億、純利益は前年比約4倍の€7,670万に達し、企業価値は€50億と評価されています。
P2P型のため、出品者が自分で写真を撮り、説明を書き、発送するモデルです。
プラットフォーム側のオペレーションコストが低い分、利益を出しやすい構造になっています。
Vestiaire Collectiveはパリ発のラグジュアリー特化型。
すべての商品が真贋鑑定を経て出品されるため、高価格帯のブランド品を安心して購入できる一方、取扱カテゴリは限定的です。
ThredUpはSellpyと同じコンサインメント型ですが、2024年に欧州子会社「Remix」を売却し、米国市場に集中する戦略へ転換しました。
欧州のフルサービス型リコマースにおいて、Sellpyのポジションがより際立つ結果になったといえます。
Sellpyの「フルサービス型」が刺さる理由
P2P型のVintedが規模で圧倒する中、Sellpyがなぜ35%という高成長を維持できるのか。
その答えは、ターゲットとする顧客層の違いにあります。
Vintedのユーザーは「出品作業を厭わない、価格に敏感な層」が中心です。
対してSellpyは「手間をかけたくないが、捨てるのは嫌だという層」にフォーカスしている。
この2つの層は重なるようで、実は動機がまったく異なります。
加えて、H&Mグループの物流ネットワークを活用できる点は大きなアドバンテージです。
ポーランドの倉庫はH&Mの物流チームが運営しており、スケールメリットを享受できる。
単独のスタートアップでは構築しにくいインフラを、グループの一員であることで手に入れています。
Sellpyはまた、検索・商品発見の体験を強化するため、AIプラットフォーム「Algolia」を導入しています。
500万点以上の在庫から最適な商品をレコメンドする仕組みにより、コンバージョン率が2%向上し、1ユーザーあたりの平均コンバージョンも6%増加したとAlgoliaの公式発表で報告されています。
H&M Pre-Loved:オンラインと実店舗の融合戦略
ショップ・イン・ショップ展開の現状
Sellpyの成長戦略を語るうえで外せないのが、H&Mの実店舗との連携です。
H&Mは「H&M Pre-Loved」というショップ・イン・ショップ形式のセカンドハンドコーナーを、世界の主要都市に展開しています。
現在、アムステルダム、アントワープ、バルセロナ、ベルリン、コペンハーゲン、ロンドン、ニューヨーク、パリ、ストックホルムなど10都市以上に設置済みです。
2025年5月にオープンしたコペンハーゲンのAmagertorvにある旗艦店では、Sellpyが供給するセカンドハンドのウィメンズウェアを中心に、H&Mの過去のデザイナーコラボレーションのアーカイブピースも並びます。
品揃えは毎週更新され、すべてのアイテムが手作業でキュレーションされている。
新品とセカンドハンドを同じ店舗で、同じ買い物体験の中で選べる。
ドイツとスウェーデンでは、オンラインストア上でも新品とSellpyの中古品を同じカートに入れて購入できる仕組みがすでに稼働しています。
H&Mグループ全体では、38店舗・26市場でリセールが展開されています。
グループブランド横断の循環型エコシステム
H&Mグループの循環型戦略は、H&M単体にとどまりません。
傘下の各ブランドが、それぞれの顧客層に合わせた形でリセールプログラムを展開しています。
- COS:「COS Restore」としてオーストリア、フランス、オランダ、スペインで展開
- Weekday:「Weekday Curated」としてベルギー、スウェーデン、オランダ、英国で展開
- Monki:「Monki Preloved」としてストックホルム、ウィーンで展開
- ARKET:「ReARKET」として実店舗とオンラインで展開
- H&M Home:ベルリンの実店舗とスウェーデン・ドイツのオンラインで展開
さらに、H&Mグループは2013年から「ガーメント・コレクティング・イニシアティブ」を運営しています。
ブランドを問わず、どんな状態の衣類でも店舗に持ち込める回収プログラムで、2025年には年間17,000メトリックトンの繊維を回収しました。
回収された衣類は状態に応じて200以上のカテゴリに仕分けられ、再販可能なものはセカンドハンドとして流通し、それ以外はリサイクルに回されます。
Sellpyのオンラインプラットフォームを軸に、実店舗の回収・再販、グループブランドの個別プログラムが有機的につながる。
この「循環型エコシステム」の構築こそが、単独のリコマーススタートアップにはない、H&Mグループならではの強みです。
エレン・マッカーサー財団のケーススタディでも、H&Mグループの循環型ビジネスモデルへの移行は注目すべき事例として取り上げられています。
追い風となるEU規制と市場環境
EUの繊維戦略がリコマースを後押しする
Sellpyにとって、EUの規制強化は逆風ではなく追い風です。
欧州委員会が2022年に採択した「持続可能で循環型の繊維戦略」は、ファッション産業に3つの大きな変化をもたらそうとしています。
1つめは「デジタル製品パスポート(DPP)」の導入です。
繊維製品については2027年から段階的に適用が始まり、すべての衣料品に素材の組成、製造地、修理可能性、環境負荷などの情報が紐づけられます。
リセール市場にとっては、商品の来歴が透明化されることで、中古品への信頼性が格段に高まる効果が期待できます。
2つめは「拡大生産者責任(EPR)」の義務化。
2025年10月に発効した改正廃棄物枠組み指令により、2028年4月までにEU全加盟国で繊維のEPR制度が義務化されます。
ここで注目すべきは「エコモジュレーション」という仕組みで、耐久性が高くリサイクルしやすい製品はEPR料金が安く、すぐ壊れてリサイクルが困難な製品は高くなります。
リセールとの相性が良い高品質な製品を作るインセンティブが、制度的に組み込まれたわけです。
3つめは、未販売繊維製品の焼却禁止です。
2026年7月から大企業を対象に、売れ残った繊維製品の焼却・埋立が禁止されます。
かつてバーバリーが行っていたような「ブランド価値維持のための在庫焼却」は、EUでは法的に不可能になります。
行き場を失った在庫の受け皿として、リコマースプラットフォームの存在感はさらに高まるでしょう。
430億ドル市場の成長予測とZ世代の消費行動
規制の追い風を受けた欧州リコマース市場は、力強い成長軌道にあります。
2025年の市場規模は430億ドル(約6.8兆円)。
2029年には644億ドル(約10.2兆円)に達する見込みで、年平均成長率(CAGR)は10.6%と予測されています。
セカンドハンド衣料に限っても、グローバルでは2027年までに3,500億ドルに倍増するとThredUpのレポートが報告しています。
この成長を牽引しているのがZ世代の消費行動の変化です。
マッキンゼーの調査によると、18歳から25歳の消費者の67%が「環境に配慮したブランドを積極的に選択する」と回答。
セカンドハンドショッピングの利用率はZ世代で88%に達しています。
ただし、興味深い研究結果もあります。
セカンドハンド消費は新品の購入と正の相関があるという報告です。
つまり、中古品を買う人ほど新品も買う傾向がある。
セカンドハンドが新品消費を「置き換える」のではなく、「補完する」可能性がある。
この点は、リコマース市場の成長をサステナビリティの観点から評価する際に、慎重に検討すべきテーマです。
Sellpyの課題と今後の展望
収益性確保と事業拡大の両立
Sellpyが直面する最大の課題は、明確です。
黒字化をどう実現するか。
コンサインメント型の宿命として、1点あたりの処理コストが高い。
バッグの配送、仕分け、査定、撮影、出品、保管、発送。
これらすべてをSellpy側が負担するモデルでは、薄利の低価格帯アイテムが増えるほど、利益率が圧迫されます。
同じコンサインメント型のThredUpが欧州から撤退したのも、この構造的な課題と無関係ではないでしょう。
黒字化の鍵は、いくつか考えられます。
- オペレーションの自動化による処理コストの削減
- 高価格帯商品の取り扱い比率の向上
- スウェーデン以外の市場(特にドイツ)での売上拡大による規模の経済
- H&Mグループの物流インフラとの統合深化
H&Mグループがリセール比率0.6%という数字を公式に開示し始めたこと、主要都市の旗艦店にPre-Lovedコーナーを次々と設置していることを見ると、グループとしてSellpyへの投資を短期的な採算で判断する気はないと読めます。
2040年の「100%循環型」というゴールから逆算すれば、今は市場シェアとインフラを固める時期だという判断でしょう。
日本のファッション業界への示唆
Sellpyの事例は、日本のファッション業界にもいくつかの示唆を与えてくれます。
日本にはメルカリという巨大なP2Pプラットフォームがすでに存在します。
しかし、「出品が面倒で手放せない」という層は、日本でも決して小さくありません。
フルサービス型のリコマースには、まだ開拓の余地がある領域です。
また、H&Mグループのように、新品販売とリセールを同一の購買導線に統合する動きは、日本のアパレル企業ではまだ一般的ではありません。
新品のECサイトでセカンドハンドも同時に買えるという体験は、循環型消費を「特別なこと」から「当たり前のこと」に変える力を持っています。
EUで進む規制強化も、対岸の火事ではありません。
日本でも繊維のEPR制度や廃棄規制の議論はいずれ本格化するでしょう。
その時に備えたリセールインフラの構築を、今から考え始めておく必要があります。
まとめ
Sellpyの急成長は、「出品の手間をゼロにする」というシンプルな価値提案と、H&Mグループのブランド力・物流インフラ・サステナビリティ戦略の掛け合わせから生まれています。
黒字化という壁はまだ超えていません。
しかし、EU規制の追い風、Z世代の消費行動の変化、そしてH&Mグループの長期的なコミットメントを考えれば、Sellpyが欧州リコマース市場の主要プレイヤーとして定着する可能性は高いと私は見ています。
ファッション産業のサステナビリティは、もはや理念だけの話ではありません。
規制が動き、消費者が動き、市場が動いている。
その中で、リコマースは「あると嬉しいオプション」から「なくてはならないインフラ」へと変わりつつあります。
Sellpyの成功方程式が示しているのは、循環型ビジネスの未来は、テクノロジーと物流と、そして「面倒くさい」を解決するユーザー体験の設計にかかっているということです。



