業界インサイト

古着業界の人材不足と目利き力の継承問題:ベテランバイヤーの知識をどう次世代に伝えるか

「良いバイヤーが採れない。育てる前に辞めてしまう」。
古着・リユース事業者の方々へのヒアリングで、この数年、同じ悩みを繰り返し耳にするようになりました。

こんにちは、サステナブルファッション研究者の田中美穂です。
私は商社時代に欧州・アジアのリユース市場調査を担当し、現在は循環型ファッション経済の研究とコンサルティングに携わっています。

古着市場はいま、かつてない追い風の中にあります。
ところがその成長を支えるはずの「目利き人材」の確保と育成が、多くの現場で追いついていません。

本記事では、市場データから人材不足の構造を整理したうえで、ベテランバイヤーの「目利き力」がなぜ継承しにくいのかを、製造業の技能承継研究の知見を借りながら分析します。
そして国内の先進事例をもとに、次世代への知識継承の具体的な道筋を提案したいと思います。

成長する古着市場と、追いつかない人材育成

まず、業界がどのような状況に置かれているのかをデータで確認しておきましょう。
市場の成長スピードと人材供給のギャップこそが、この問題の出発点だからです。

衣料リユース市場は初の1兆円超え

リユース業界の専門紙リサイクル通信の調査によると、2024年の国内リユース市場規模は前年比4.5%増の3兆2,628億円に達しました。
2009年以降、実に15年連続の拡大です。

なかでも注目したいのが衣料分野です。
リサイクル通信の市場規模推計2025では、衣料・服飾品が6,392億円、ブランド品が4,230億円(前年比15.7%増)と報告されており、両者を合わせると初めて1兆円を超えました。
同調査は2030年に市場全体が4兆円規模へ達すると予測しています。

この成長には環境面の後押しもあります。
環境省のサステナブルファッション特設サイトによると、家庭から手放される衣服のうちリユース・リサイクルに回る割合は約38%にとどまり、年間約50万トンが焼却・埋め立てされています。
つまり、古着として再流通できる余地はまだ大きく、市場拡大の余白が十分に残されているのです。

求人倍率3.15倍という現実

一方で、人材市場のデータは厳しい状況を示しています。
リサイクル通信に掲載された人材採用・育成に関するコラムでは、大手転職サイトの調査としてリユース業界の求人倍率が3.15倍(2024年12月時点)と紹介されています。

1人の求職者を3社以上が奪い合う計算です。
業界としての認知度がまだ低く、「求人を出しても応募が来ない」という事業者の声も紹介されています。

私自身、コンサルティング先の古着事業者から「店舗は増やせるが、買取カウンターに立てる人がいない」という相談を受けたことが何度もあります。
出店計画が人材計画に制約される、いわば逆転現象が起きているのです。

ボトルネックは「人数」ではなく「目利き」

ここで重要な区別をしておきたいと思います。
古着業界の人材不足は、単純な頭数の不足ではありません。

接客や販売のスタッフは他業界からの転職でも比較的早く戦力化できます。
問題は、商品の価値を見極めて値付けする「目利き」ができる人材です。

同じコラムでは、宝飾品の査定価格が業者間で最大5倍も開くという調査結果が紹介されていました。
古着でも構図は同じです。
ヴィンテージデニムの年代を見誤れば数十万円の機会損失になり、逆に価値のない商品を高く買えば在庫リスクを抱えます。

目利きの精度がそのまま粗利を左右するビジネスモデルである以上、目利き人材の不足は成長の直接的なボトルネックになります。
そしてこの人材だけは、求人広告を増やしても解決しません。
育成に年単位の時間がかかるからです。

目利き力の正体:なぜ継承が難しいのか

では、ベテランバイヤーの「目利き力」とは具体的に何なのでしょうか。
継承の方法を考える前に、継承すべき対象を分解してみます。

目利き力を分解すると見えてくる知識のレイヤー

私がこれまでのヒアリングで整理してきた限り、古着バイヤーの目利き力は性質の異なる複数の知識で構成されています。

知識のレイヤー具体例形式知化のしやすさ
事実知識ブランド史、タグ・ステッチの年代判定基準しやすい(図鑑・データベース化が可能)
相場知識二次流通価格、海外市場との価格差比較的しやすい(ただし更新が速い)
状態評価生地の風合い、ダメージの許容範囲の判断しにくい(触覚・視覚の総合判断)
需要予測「これは半年後に動く」という売れ筋の勘極めてしにくい(経験と感性の複合)

上の2つ、事実知識と相場知識はデータベースやアプリで代替が進んでいる領域です。
しかし下の2つ、状態評価と需要予測は、本人ですら判断根拠を言葉にできないことが多い領域です。

ヒアリングの場で「なぜこの一着を選んだのですか」と尋ねても、「うーん、なんとなく良い顔をしているから」といった答えが返ってくることは珍しくありません。
これは説明を怠っているのではなく、本当に言語化できないのです。

製造業の技能承継研究が教えてくれること

この構造は、実は古着業界に固有のものではありません。
日本の中小製造業が20年以上向き合ってきた「技能承継問題」と、驚くほど相似形です。

日本政策金融公庫総合研究所の技能承継に関する研究論文では、技能を「人に内在する、暗黙知を基礎とする能力であり、実際の体験等を通じて人から人へと承継されるもの」と定義しています。
図面や文章で記録できる「技術(形式知)」とは区別される概念です。

同論文が引く2018年版ものづくり白書では、中小製造業で確保が特に課題となっている人材として59.8%の企業が「技能人材」を挙げており、設計・デザイン人材(8.6%)を大きく引き離していました。
古着業界の「販売スタッフは採れるが目利きが採れない」という状況と、まったく同じ構図が製造業にも存在するわけです。

そして同論文は、技能承継に成功している企業の共通点として次の取り組みを挙げています。

  • 熟練技能の一部を機械やITで代替し、人が承継すべき技能の範囲を絞り込む
  • 標準化・マニュアル化やデータベースで、経験やノウハウを社内共有する
  • 技能をITで見える化したうえでOJTを行い、Off-JTの仕組みも整える
  • 従業員のモチベーションを高め、自ら学ぶ姿勢を引き出す

「全部を人から人へ伝えようとしない」という割り切りが、成功企業に共通する発想だと私は読み取っています。

マニュアル化だけでは伝わらない理由

ただし、同論文が紹介する先行研究には重要な留保もあります。
熟練技能は暗黙知のかたまりであり、コンピューターですべてを形式知化することはありえない、という指摘です。

古着の目利きに置き換えると、タグの年代判定表は作れても、「良い顔をしている服」を見抜く感覚はマニュアルに書けません。
多くの事業者がマニュアル整備に取り組みながら手応えを得られずにいるのは、形式知化できる領域とできない領域を切り分けずに、一枚岩の「マニュアル」で解決しようとしているためだと考えられます。

形式知化できる部分は徹底的にドキュメント化する。
できない部分は、別の方法で伝える。
この切り分けが、継承戦略の設計図になります。

知の継承に挑む国内の取り組み事例

切り分けの発想を、実際に形にしている事例を見ていきましょう。
アプローチの異なる3つの取り組みを取り上げます。

コメ兵:熟練鑑定士の判断をAIに学習させる「知の継承」

ブランドリユース大手のコメ兵は、2020年に店舗へAI真贋判定システムを導入しました。
同社のプレスリリースによると、年間160万点におよぶ商品流通データと熟練鑑定士による教師データを学習させ、最大99%の精度で模倣品を判定します。

私がこの取り組みで注目しているのは、精度の数字よりも同社の位置づけ方です。
プレスリリースには「AIを活用した知の継承」「鑑定力という財産を業界に残す」という表現が登場します。
ベテランの判断をAIに写し取ることで、個人の引退とともに知識が消えることを防ぎ、同時に新人育成の期間短縮にもつなげる。
まさに、形式知化できる領域を技術で代替する製造業型のアプローチです。

欧米のリセール市場でも真贋鑑定のテクノロジー化は進んでいますが、「熟練者の知の継承」という文脈を前面に出している点で、コメ兵の事例は国際的に見てもユニークだと感じています。

古着専門店の現場教育:「タグを見るな」という教えの意味

対照的に、暗黙知の側に正面から向き合う教育もあります。
ファッションメディアFASHIONSNAPに掲載された古着専門店店主の寄稿には、印象的な言葉が紹介されています。

「一人前になるまで服のタグを見るな。着て、見て、触って良し悪しを判断できるようになれ」。
店主が恩師から受けた教えだそうです。

タグ(形式知)に頼る前に、素材の質感やシルエットを身体で判断する訓練を積ませる。
状態評価や審美眼といった形式知化できない領域は、こうした反復体験でしか育たないという現場の知恵です。

同じ寄稿では、専門学校で教える学生の多くがファストファッションをECで購入し、実物の上質な服に触れた経験が乏しいという課題も指摘されていました。
デジタルネイティブ世代の育成では、「本物に触れる機会」そのものを意図的に設計する必要があるのだと思います。

卸売事業者によるノウハウのオープン化

3つ目は、知識を社内に閉じずに業界へ開く動きです。

古着の卸売や輸出入を手がけるNIPPON47は、日本・タイ・パキスタン・ドバイに拠点を持つ事業者ですが、自社サイトのコラムで仕入れノウハウを体系的に公開しています。
たとえば卸売古着の仕入れ解説記事では、国内倉庫・オンライン卸・海外輸入・古物市場という4つの仕入れルートの使い分けや、輸送費・検品費まで含めた「着地原価」の考え方まで踏み込んで解説されています。

かつて仕入れルートや原価計算のノウハウは、バイヤー個人が徒弟的に身につける「秘伝」でした。
それを卸売事業者が形式知として公開することは、これから古着ビジネスに参入する若い世代にとって、学習の初期コストを大きく下げます。

ベテランの知識継承は、一社の中だけで完結させる必要はありません。
業界のプレイヤーがそれぞれの持ち場で知識をオープンにしていくことも、広い意味での継承インフラになると考えています。

ベテランの知識を次世代へつなぐための提言

ここまでの分析を踏まえて、古着事業者が明日から検討できる打ち手を3つ提案します。

暗黙知の「見える化」とOJTを組み合わせる

最初の一歩は、自社のベテランが持つ知識の棚卸しです。
先ほどの表のように、形式知化しやすい知識としにくい知識を仕分けしてください。

年代判定基準や相場データは、写真つきの社内データベースにまとめれば新人の独習教材になります。
一方、状態評価のような暗黙知は、ベテランの買取査定に新人を同席させ、判断の直後に「いま何を見たか」を言葉にしてもらう実況型のOJTが有効です。

完全な言語化は無理でも、判断の着眼点を口に出してもらうだけで、新人の学習速度は変わります。
私が調査で訪れたある事業者では、査定の様子をスマートフォンで動画に残し、週次の勉強会で振り返る仕組みを回していました。
特別な投資をしなくても、始められることは多いのです。

テクノロジーは目利きの代替ではなく増幅装置と捉える

AI査定や画像判定ツールの導入を「ベテランがいらなくなる技術」と捉えると、判断を誤ります。
製造業の研究が示すとおり、ITが力を発揮するのは技能そのものの置き換えではなく、技能の習得と共有を支援する部分です。

コメ兵の事例が示すように、AIの教師データを作れるのは熟練者だけです。
つまりテクノロジーの導入は、ベテランの知識を組織の資産に変換するプロセスにほかなりません。
定型的な判定をAIに任せた分、ベテランには難易度の高い査定と後進の指導に時間を使ってもらう。
この役割再設計とセットで導入してこそ、投資が生きます。

キャリアパスの提示で「目利きになりたい人」を増やす

最後は、そもそもの入口の問題です。
求人倍率3.15倍の市場で人材を確保するには、「古着の目利き」という仕事の魅力とキャリアの見通しを示す必要があります。

目利きのスキルは、買取査定にとどまらず、海外買い付け、EC出品の価格戦略、真贋鑑定、さらには一次流通ブランドの中古事業支援まで、応用範囲が広がり続けています。
環境省のデータが示すように、まだ約6割の衣服が再流通せずに手放されている以上、この技能の社会的な価値は今後むしろ高まっていくはずです。

査定スキルの等級制度や、習熟度に応じた買い付け権限の付与など、成長が処遇に反映される設計を明示すること。
それが「この業界で目利きを極めたい」という次世代を呼び込む土台になります。

まとめ

古着市場は衣料リユースだけで1兆円を超え、なお拡大を続けています。
しかしその成長は、ベテランバイヤーの目利き力という、もっとも継承しにくい経営資源の上に成り立っています。

目利き力を暗黙知と形式知に切り分け、形式知はデータベースとテクノロジーで、暗黙知は設計されたOJTで伝える。
そして知識を業界全体でオープンにしながら、目利きを志す次世代のキャリアパスを整える。
製造業が20年かけて学んだこの道筋を、古着業界はいまから最短距離でたどれる位置にいます。

ベテランの頭の中にある知識は、放っておけば引退とともに失われる資産です。
継承の仕組みづくりは、5年後ではなく、ベテランが現役でいる今日から始めるべきテーマだと私は考えています。